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〜高野山:壇上伽藍 三昧堂と西行桜(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
大会堂なぜ五色の幕が?→頌子内親王が
三昧堂 | 高野山観光によると三昧堂は、「済高座主が929年(延長7年)に建立した堂で、済高がこの堂で「理趣三昧」と言う儀式を執り行っていたことにより三昧堂と呼ばれるようになりました。元々は総持院境内にあり後に伽藍に移されました。この時修造に西行法師が関わったと伝えられています。現在の堂は1816年(文化13年)に再建されたものです。」と紹介しています。
ですが「理趣三昧」という言葉の意味がわかりません。
理趣三昧 とは - コトバンクによるとその意味は、
「《理趣経》を中心とした密教立(みつきようだて)の法要。真言系諸宗で勤め,護摩供(ごまく)とともにもっとも多用される。大壇(だいだん)またはその略式の修法壇を設け,その前の礼盤(らいはん)に導師が登って〈理趣法(理趣経法)〉の修法をする。職衆(しきしゆう)はその間に声明(しようみよう)を唱え,読経を行う。・・・・・・。」
ということなのですが、私たちには更に意味不明な文章で説明されていますね。
ですが、「理趣経」と「三昧」については、以前ご紹介しているように思います。
理趣経(りしゅきょう)は、〜高野山:金剛三昧院のご本尊、愛染明王と経典(2014年5月4日)〜で密教に関係する経典について記した中でご説明しているように、大乗仏教の漢訳密教経典の一つ。「金剛頂経」系テキストの内、第六会に含まれる『理趣広経』とよばれる文書の略本。真実の理法そのものである法身の大日如来が金剛薩埵(こんごうさつた)のために般若の理趣(根本の理法)を説いたものとされる経典です。
また、三昧堂の「三昧」は、元々仏教用語です。三昧とは、仏教における禅定(ぜんじょう:仏教で心身ともに動揺することがなくなった一定の状態を指す)、ヒンドゥー教 における瞑想において、精神集中が深まりきった状態のことで、「心を一つのものに集中させて,安定した精神状態に入る宗教的な瞑想。またはその境地」を示します。
なので「理趣三昧」は、ごくごく簡単に言ってしまえば、密教のお坊様が大日如来や金剛薩埵を祀った仏壇の前で「理趣経」というお経を唱えてお勤めすることですね。
ところで、三昧堂の西側には、「西行桜」と呼ばれる桜があります。
でも私が訪れた5月4日には、もう花はほぼ散ってしまった葉桜でした。
なのでhttp://shukubo.seesaa.net/article/198978446.htmlより画像をお借りしました。
【西行桜について】
鳥羽法皇の北面の武士だった西行は出家後、高野山に深く関わるようになりました。
当地には、西行が三昧堂の移築・修造をした際の記念に桜を植えたと伝わっています。その桜は三昧堂が再建された文化年間(江戸時代後期)に枯れてしまいました。現在は後継の桜が、「西行桜」として植えられています。 北面の武士については、 高野山:壇上伽藍 大会堂と(だいえどう)と阿弥陀三尊(201... にて説明を加えました。
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