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〜高野山:壇上伽藍 愛染堂と護摩と、らしくない竜?(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
大会堂なぜ五色の幕が?→頌子内親王が
愛染堂は、
四海静平(しかいせいへい)、玉体安穏(ぎょくたいあんのん)を願い後醍醐天皇の御願により1334年(建武元年)に建立されました。
本尊として愛染明王を祀り、昔はこのお堂で不断愛染護摩供(ふだんあいぜんごまく)や長日談義(ちょうじつだんぎ)が行われ、「新学堂」とも呼ばれましたが、災害に何度か遭い再建されています。
現在の堂が再建されたのは、高野山を訪ねる:名所のご案内 愛染堂 [高野山真言宗 総本山金剛峯寺]では、嘉永元年(1848年)としているのに対して、現地の説明板では、1816年(文化13年)に再建されたとしています。
【四海静平(しかいせいへい)とは】
まず四海の意味ですが、古代の中国人は中国の四方を海がとりまいていると考えたことから、天下・世の中を意味するそうです。そして静平は静かで穏やかなことや様子を意味します。
なので四海静平は世の中が平和で穏やということです。
【玉体安穏(ぎょくたいあんのん)とは】
玉体は玉のように美しいからだや 天子または貴人の からだを意味しますが、天皇の御身体を意味する場合もあります。更に安穏は、心静かに落ち着いていること。また、そのさまです。
従って玉体安穏は、天皇が心静かであることのようですが、朕(ちん)は国家なり、というルイ14世の言葉もあります。となると、日本の朕(ちん)は天皇ですから、玉体安穏は、国家が心静かに落ち着いているということでしょう。
ご本尊の愛染明王については既に、〜高野山:金剛三昧院のご本尊、愛染明王と経典(2014年5月4日)〜の中で既に説明済みなので、ここでは「護摩」について記します。
仏教に詳しくなくとも、護摩供養・護摩行・護摩壇など、護摩と名の付く言葉を知っている人は多いでしょう。
そして「護摩とは何?」と聞かれたなら、そのイメージを思い浮かべる事もそう難しいことではないはずです。
ですが私を含め、知っているようで以外に分かっていないのが、「護摩」という言葉です。
ご紹介しましょう。「護摩」とは?
【護摩とは】
護摩(ごま)とは、「焚く」「焼く」を意味するサンスクリットのホーマ(homa)を音訳して書き写した語です。
護摩の炉に細長く切った薪木を入れて燃やし、炉中に種々の供物を投げ入れ(護摩焚き)、火の神が煙とともに供物(そなえもの)を天上に運び、天の恩寵にあずかろうとする素朴な信仰から生まれたものです。
火の中を清浄の場として仏を観想する。
●神社で行われる護摩
護摩は本来は仏教の密教の修法であるので、密教や修験道で行われるが、神道の神社の一部でも護摩が実施される。もともと神仏習合だった権現社や宮が、明治維新の神仏分離(神仏判然令)で強制的に当時の国家神道の神社に改組された事例は多く、現在は神道の神社となっていても神職や山伏による護摩祭が続いていることがあります。
●「ごまかす」の語源説
「誤魔化(ごまか)す」とは不利益を被らないように取り繕うという意味で、「護摩」が語源という説があります。
「ごまかす」の「護摩の灰」の「ごま」に「だまかす」あるいは「まぎらかす」の「かす」がついたものとする説があり、「護摩の灰」とは旅人の道連れに金品を盗み取る者をいい、江戸時代にただの灰を高野聖の装束を身に着けて空海(弘法大師)の護摩の灰と称して偽物を売り歩く者がいたことに由来する。なお、他説として「ごまかす」は「胡麻菓子」の動詞化であるとする説もあるそうです。
ところで、愛染堂には少し変わった竜の彫り物がほどこされています。
それが、つ目の画像です。
この画像を見ると、高野山にある他の建造物に彫られた竜、もしくは私たちが見慣れている竜の姿とは異なった竜の彫り物があります。
前足の爪が見えるものの、長い体をくねらせたオーソドックスな竜ではなく、頭部の左右に広げた羽のようにも見える鰭(ひれ)らしきものが目立ち、体長も魚ほどしかないように見える姿。
これは果たして竜なのでしょうか?
愛染堂
愛染堂の彫り物 これって竜?
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