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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜赤備えの歴史:真田幸村からひこにゃんまで
   サブタイトル:オヤジブログは自由だ!九度山町ぶらり編  
        
  
●真田氏に関するページ●              
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幸村の父:昌幸が憧れた 長兄:信綱  関ヶ原の戦いから大坂の陣に至る話
武田家から独立大名へ真田家の変遷  九度山脱出から篭城決定までの話を
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真田親子の哀れを詠んだ蕪村の句  大坂夏の陣とタバコ 真田信吉の働き
幸村の生涯と関連事を示す幸村年表                         
幸村からひこにゃんまで赤備えの歴史                       
 
【真田幸村の赤備え】
大坂の陣において真田信繁(幸村)は、敗色濃厚な豊臣方の誘いに乗って大坂城に入ります
幸村の真意は、恩賞や家名回復ではなく、徳川家康に一泡吹かせてもって真田の武名を天下に示す事だったと言われています。
一言幸村の目的は武名を天下に示す事ではななく、家康を討つその事自体が目的だったと私は思うのですが・・・。)
武田家由来の赤備えで編成した真田は天王寺口の戦いで家康本陣を攻撃し、三方ヶ原の戦い以来と言われる本陣突き崩しを成し遂げ、後に「真田日本一の兵 古よりの物語にもこれなき由」と島津家に賞賛され、また、徳川方の武将:黒田長政も、屏風絵に真田勢を描くほどの活躍をみせました。
なお、当館依頼調査による甲冑刀剣由緒品聚真田幸村ゆかりの品(Adobe PDF) - htmlで見る には、大坂夏の陣で西尾宗次に討ち取られた際、幸村がつけていた兜が紹介されていますが、鹿の角がついた兜ではないです。
一言さしもの幸村も、決死の突撃に際しては、真田丸で采配していた時にはつけていた兜の角をとったのかな?それとも、激戦の最中に折れた?) 
【赤備えの由来】
赤備え(あかぞなえ)は、具足、旗差物などのあらゆる武具を朱塗りにした部隊編成の事で、戦国時代では赤以外にも黒色・黄色等の色で統一された色備えがありました。
とりわけ当時赤色は高級品である辰砂(しんしゃ)を使って出されていたことや、戦場でも特に目立つため、赤備え=精鋭部隊と言っても過言ではなく、武勇の誉れの象徴として後世に語り継がれました。
最初に赤備えを率いた武将は甲斐武田氏に仕えた飯富虎昌とされ、以後赤備えは専ら甲斐武田軍団の代名詞でした。
 
真田幸村の父:昌幸も武田軍団の一員として名をはせた武将でした。
大坂の陣で赤備えの軍団を率いた理由は、武田家を滅ぼし、自身が生まれ育った信濃の真田の里を奪い去った憎き徳川家康に対して、豊臣方の武将である前に、武田の武将としての思いをこめて最後の決戦にいどんだのでしょう。
解説:辰砂は、しんしゃ:硫化水銀(II)(HgS)からなる鉱物。漢方薬や漆器に施す朱漆や赤色のである朱墨の原料としても用いられ、古くは吉野川上流や伊勢国丹生(現在の三重県多気町)などが特産地として知られた。平安時代には既に人造朱の製造法が知られており、16世紀中期以後、天然・人工の朱が中国から輸入された。
 
【武田の赤備え】
武田軍の赤備えを最初に率いた飯富虎昌は、後に「甲山の猛虎」とも言われ、騎兵のみからなる騎馬部隊を編成して戦いました。元々朱色は侍の中でも多くの首を上げた者にのみ大名から賜るものだったこともあり、長男のように相続によって自領を得ることが出来ず自らの武功で稼ぐしかなかった各武将の嫡子以外は、真っ先に武功を上げるために、切り込み隊として、朱色で統一した赤備の部隊を組織した例が多かったようです。
飯富虎昌が義信事件に連座し切腹すると、虎昌の部隊と赤備えは、弟(甥とも)とされる山県昌景が引継ぎました。
虎昌・昌景は共に『甲陽軍鑑』において武勇に秀で、武田軍の中心として活躍した武将として記されていて、両名の活躍が赤備えの価値を高めたとも言われます。
ちなみに、武田家中では昌景と共に小幡信貞、浅利信種の2名が赤備えとして編成され、総勢千騎だったそうです。
武田軍では一手衆ごとに(各軍団ごとに)色彩を含めて兵装の規格化が整えられていたと考えられ、
武田の赤備えが強すぎたため、「赤備え隊=精鋭部隊または最強部隊」というイメージが諸大名の間で定着したと言われます。
 
【井伊の赤備え】
武田氏滅亡後、本能寺の変による武田遺領争奪戦(天正壬午の乱)を経て甲斐は徳川家康によって平定されますが、その折に旧武田家家臣として配属されたのが徳川四天王にも数えられる井伊直政でした。
武田の赤備えを支えた山県隊の旧臣達も直政に付けられ、直政は自分の部隊を赤備えとして編成します。
井伊の赤備えは小牧・長久手の戦いで先鋒を務めて奮戦し、井伊の赤鬼と呼ばれ恐れられ、以後幕末に至るまで井伊家の軍装は足軽まで赤備えをもって基本とされました。
大坂の陣の折、家康が煌びやかな井伊直孝(直政の子)の隊を見て平和な時代で堕ちた赤備えを嘆き、その中で使い古された具足を身に付けている者達を発見し、「あの者らは甲州からの家臣団であろう」と言い、確認が取れると「あれこそが本来の赤備え」と言ったとか。
一言武田に仇名した家康に言われたくないのです。)
 
【幕末の赤備え】
幕末になって、アメリカの黒船艦隊来航に備えた相模湾から江戸内海の警備でも井伊の赤備えが出陣しており、1853年の浦賀来航の様子を描いた「ペリー浦賀来航図」に、彦根勢の赤い陣羽織や旗差物などが描かれています。
1866年の第二次長州征伐では、幕府軍の井伊直憲率いる彦根藩が芸州口の先鋒を務め、長州藩のミニエー銃に対し、彦根藩は赤備えに火縄銃という古来より伝わる兵装で挑むが、小瀬川を渡ろうとした所を長州軍石川小五郎率いる遊撃隊のアウトレンジ戦法を受け一方的に敗れます。
この時、赤備えであったことがかえって格好の的となり、夜間にも関わらず長州軍の狙撃を容易にしました。この為、彦根藩兵は由緒ある鎧を脱ぎ棄てて逃走したといいます。
この後の1868年1月、鳥羽・伏見の戦いでも彦根藩は幕府軍の先鋒として出陣するも大敗し、寝返って官軍につきます。この時、井伊隊に属していた兵の全員が井伊家の象徴とも言える赤備えの兜や鎧を始めとする全ての装備品を脱ぎ捨てたとか。
一言負けるとわかっているのに戦場で目立つ赤備えを身につけなければ許されなかった彦根藩兵は気の毒です。)
このように、初代彦根藩主・井伊直政と、安政の大獄と桜田門外の変で有名な15代彦根藩主・大老井伊直弼は、赤備えにちなみ井伊の赤鬼と呼ばれました。
 
【現代のゆるキャラ赤備え】
滋賀県彦根市のマスコットキャラクターひこにゃんは、その兜のは彦根城主のものと同じ「井伊の赤備え」を模した兜をかぶっています。
一言ということは、彦根のゆるキャラひこにゃん九度山町のゆるキャラゆっきーは、遠い親戚ですね。
 
後北条氏に白・黒・赤・青・黄の五色の色備えがあり、赤備えを北条綱高が担当しています。
また部隊ではありませんが、同じく北条氏の武将で臼井城の攻防戦で松田康郷が、朱色の甲冑を着て活躍しました。上杉謙信はこの時、「岩舟山に赤鬼の住むと沙汰しけるは、一定彼がことなるべし」と感嘆したとか。
また、長篠の戦いにおいて、武田信玄・勝頼のもとで関東衆こと小幡一党赤武者隊として大活躍した小幡一党の赤備えは『信長公記』に、「西上野小幡一党、赤武者にて入替り懸り来る。関東衆馬上の巧者にて…」と、馬術に巧みな赤武者の集団として描かれています。
家康はこの天下最初の強兵をもって一軍団をつくり、幕僚の井伊直政をもってそれを宰領させ、その軍装を武田家当時と同様、兜(かぶと)も具足も旗も燃えるような赤色に統一し、信玄がそう称したようにこれを赤備えと号せしめた。」(P、517 司馬遼太郎「新史太閤記後編」新潮社)
貞義社・篠塚社を訪ねて(2) − 小幡氏と織田氏 − - niftyでは、
この赤備えの井伊隊による活躍で、小牧・長久手の戦いや関ヶ原などで家康はどれだけ助けられたかわからないと紹介しています。
そしてまた、家康の命を何度も危うくしたのも、真田幸村の赤備え軍団だったとは、皮肉な話ですね。
 
イメージ 1
真田祭りのこども真田武者
 
イメージ 2
ゆっきー
ひこにゃん
 
こんな甲冑じゃあ戦えないでしょう。
 
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