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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜安居神社:本来の御祭神 少彦名神は一寸法師のモデル
   サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おもろいなぁ、大阪編  
        

安居神社の創建年は不詳ですが、一説には聖徳太子が四天王寺を建てた頃(約1400年前:西暦600年過ぎ)であろうと伝わり、境内は天神森あるいは安居森とも称され、景勝地でした。
御祭神は、元々は少彦名神(すくなひこなのかみ)が祭られており、942年から菅原道真が祭られるようになったと伝えられています。

では少彦名神(すくなひこなのかみ)とはどんな神さまなのでしょう?
以下に少彦名神の記述を私流にしてご紹介します。
少彦名神は、海の向こうの常世(とこよ:永久に変わらない神域。死後の世界でもあり、黄泉(よみ)もそこにあるとされる)の国から光り輝きながらやってきた小人神です。
中世の道場法師尾張国の農夫が落雷で現れた男を殺そうとしたところ、子を授けるから許してくれと哀願して天に去り、やがて農夫の妻が頭に蛇を巻いた男子を生み、これがその子で怪力があったという。それが元興寺に入り、僧となった)や近世の御伽草子の一寸法師などの「小さ子」のルーツと言われます。
しかも豊かな技術や知識と優れた知恵を備え、力ではなく、知恵を働かせて困難を克服してみせるという神々の中でも比類のない能力を持ちながら、反面性格は明るく、いたずら者でユーモラスな面も持ちます。
小人神でありながら国造りという大きな仕事を成し遂げるという、ギャップのあるキャラクターから、知る人ぞ知る日本神話の中の人気神です
国造りと言えば、誰しも記紀神話の中の大国主命を思い浮かべますが、、少彦名神は国造りにおける大国主命の協力神なのです。
少彦名神(すくなひこなのかみ)の神話
大国主命が出雲の御大(ミホ)の岬にいるとき、波頭を伝わって天の羅摩船(カガミブネ=ガガ
イモの殻でできた船)に乗り、鵝(ヒムシ=蛾)の皮を着て現れます。
不思議に思った大国主命が家来の神に尋ねますが、誰もその正体を知りません。そのときそばにいた蟇蛙(ガマガエル)が「クエビコ(山田のかかしのこと)なら知っているでしょう」というのでクエビコに聞くと、神産巣日神(かみすびのかみ)の御子で少彦名神です」と答えます。
そこで大国主命が出雲の祖神である神産巣日神に伝えると、神は「これは私の掌(てのひら)の股から生まれた子です。
これからは兄弟の契りを結び、国を造り固めるがよい」と二神に申し渡した。
こうして少彦名神は、大国主命とコンビを組んで全国を巡り歩き、国造りを行い、その任務を果たしたのちに再び常世の国に帰ります。
 少彦名神が大国主命をパートナーとして行った一番の仕事は、全国の国造り、山造り、島造りなどの国土開発事業や農業技術の指導普及でした。
■少彦名神と大国主命のユーモア性を伝えるエピソード(我慢比べ)
あるとき二神が、土を背負っていくのと大便を我慢していくのとどちらが大変かという競争をした。数日後、大国主命がこらえきれずに大便をすると、少彦名神も土を放り出してしまいます(「播磨国風土記」)
神々のお話とは思えない実にバカバカしいお話のようですが、
これは肥料と土壌の関係を象徴するもので、農業神としての性格を示すお話です。
壮大な事業をしながらも、子供っぽい遊び心を発揮する。そんな少彦名神には、何とも言えない不思議な魅力を感じさせます。
さらに、穀霊としての性格をうかがわせる事業として、鳥獣や昆虫の外から穀物を護るための禁厭(マジナイ)の法を定めたり、稲や粟の種の栽培法も広めたとも伝えられます(「出雲国風土記」「播磨国風土記」)
少彦名神の仕事をトータルにみれば、国土の開祖神、農耕文化の根源神といった姿いがいにも、さまざまな文化的事業も手がけます。
そのひとつが、人々や家畜のために病気治療の方法を定め、その一環として、病気を治す薬である酒造りの技術も広めたりもした。
現代でも「酒は百薬の長」などと言われますが、古来より、酒の消毒力や肉体を興奮させて生命力を高めることが、薬効として大変重視されていたのです。また、温泉を初めて医療に用いたのもこの神だと言われます。
「伊予国風土記」には、あるとき病気になった少彦名神が湯に浸かると、やがて病状は回復して健康になった。このときに開いた湯が現在の愛媛県松山市の道後温泉の基となったといいます。
古来、温泉は「常世よりきたる水」と考えられ、「常世」は生命力の源泉とされました。
常世から来たこの神が、温泉神としての能力を発揮するのは、こうした理由からです。そこから儀式の禊(みそぎ)や正月の若水(わかみず:往古、立春の日に宮中の主水司から天皇に奉じた水のもとを指した。後に元日の朝に始めて汲む水、井戸から水を汲んで神棚に供えることを指すこととなった。のように、神聖なものとして信仰されてきたのである。
少彦名神は、このような科学技術のエキスパートとしての能力も発揮したことから、今日でも医薬の神、酒の神としての信仰を集めているのです。
以上のような多くの仕事をやり終えた少彦名神は、淡島(現在の鳥取県米子市の上粟島・下淡島とも、瀬戸内海の島ともいわれる)で粟の茎に登り、その弾力ではじき飛ばされるようにして常世の国に渡った、あるいは熊野の御崎から常世の国に渡り帰ったともいわれます。
海の彼方からこちらの世界にやってきて技術や文化を伝え、また常世の国に帰っていくという行動のパターンは、他界から豊穣や富を運んでくる来訪神(例:恵比寿神や大黒神など)としての性格を表している。
以上のように少彦名神が万能の能力を備えているひとつの理由は、親神が最高神の神産巣日神(「日本書紀」では高御産巣日神)であり、いってみれば高天原生まれのエリート神だからです。
 ところが、生まれは高天原なのに実際に住んでいるのはなぜか常世の国で、あくまでも常世の国の住人としてこの世にやってきて、その優れた能力を発揮するのです。
つまり、高天原での出生は、優れた能力を所有するべき資質が保証されただけで、実際にその能力が備わったのは常世の国においてだったということです。
 「常世」というのは、古代日本人が信じた祖霊の鎮まるところ、豊穣の源泉地であり、日本の神々が所属する「高天原−葦原中国−黄泉国」という垂直的な世界には含まれない特別な空間ですから、高天原の系統の神々を主流派とすれば、「常世」に所属する神は非主流派ともいえます。
 少彦名神は出生としては高天原の直系の神として主流派に属しながら、その能力や機能という個性の面では非主流の系統に属し、一種アウトサイダーな神なのです。
 東北地方の民話に登場する座敷童子やヒョウトクなどの子供(小人)神も、やはり少彦名神と同様に異界からやってくる来訪神。
こうした来訪神が運んでくるのは、富や幸福と決まっています。それは人間が常々抱きつづけている願望にほかならず、少彦名神の姿もそうした人間の夢を反映しているといえます。

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