|
〜明日香村:弥勒石の祠にわらじが吊り下がっている理由は?〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
●その他 明日香村のページ●
−飛鳥坐神社のページ−
弥勒石のある場所は、飛鳥寺の南西方面、徒歩で10分くらいの真神原の西に流れる飛鳥川の右岸にあるのですが、明日香村現地で無料で入手できる『明日香村わくわくマップ』にはその位置が印されておらず、恐らく現地でこの石をみつけようとすると、意外に見つからないと思います。事実、私も危うく見過ごすところでした。
この石は、地蔵菩薩を思わせる形状をしています。高さ約2メートル、幅約1メートル。条里制の標石とも言われますが確かな用途は不明だそうです。この石を拝むと下半身の病気が治るという伝説があり、現在は石を被う祠が建てられ、地元の方々の信仰対象となっています。
弥勒石の祠には、多くの草鞋(わらじ)が奉納と言うか、吊り下げられていますが、神社に草鞋(わらじ)を奉納するという風習は、私も他の神社で幾つもみました。
ところが、鞋(わらじ)を奉納する理由については、以外にも定かではないようです。
この弥勒石に限って言えば、下半身の病気が治るという伝説から、いつまでも健脚でありたいという意味で履物を奉納したのかもと考えることも出来ますが、果たしてそうでしょうか?
一つの仮説として、はきもの作りは百姓の重要な副業であり、市で売って貴重な現金収入の元となったので、金銭的価値のあるものを奉納することに意味があったとする記述もネット上に見られました。
という記述がありました。
この記述からは、祈願者のための履物(わらじ)ではなく、信仰対象を大切にする思いから、神様や仏様のおみ足を守る履物として草鞋(わらじ)を奉納する信仰があることがわかります。
(一言:日本昔話には、笠地蔵というお話があります。わが身の願いよりも、まずは神や仏を敬い気遣う思いがあってこそ、御利益があるという、日本古来の美しい信仰心を忘れてはいけませんね。)
弥勒石のお顔は、人々がおりにつけ手でなぜたせいか?目鼻だちがほとんど無くなってしまっています。
ですが、そのかすかな表情とお姿は、大きな石地蔵を思わせます。
干ばつや冷害などによって作物の収穫がままならなかった時代、農家の方々は、豊作になったことを感謝して草鞋(わらじ)や作物をお供えし、不作だった年には、人々の信仰心が足りなかったためだと草鞋(わらじ)をお履きくださいとお供えしたりした風習が、今日にまで受け継がれ残ったのですが、人々の信仰心は時代と共に薄れ、なぜ草鞋(わらじ)をお供えするのかさえ分からなくなってしまったのかもしれません。
なるほどよく見るとお地蔵さんのお顔のように見えますね。
|
全体表示
[ リスト ]




