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〜明日香村:飛鳥坐神社ご祭神 大物主神の神話は淫らです〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
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今回は飛鳥坐神社の4祭神の中の大物主神(おおものぬしのかみ)についてのお話です。
大国主の平和的な側面だけの分霊だとされていますが、その神話は淫らです。
大物主(おおものぬし、大物主大神)は、日本神話に登場する神。大神神社の祭神、倭大物主櫛甕魂命(ヤマトオオモノヌシクシミカタマノミコト)。『出雲国造神賀詞』では大物主櫛甕玉という。大穴持(大国主神)の和魂(にきみたま:神の優しく平和的な側面)であるとする。別名 三輪明神。 大物主は蛇神であり水神または雷神としての性格を持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造り(醸造)などの神として篤い信仰を集めている。また国の守護神である一方で、祟(たた)りなす強力な神ともされている。なお、大国主の分霊であるため大黒天として祀られることも多い。
明治初年の廃仏毀釈の際、旧来の本尊に替わって大物主を祭神とした例が多い。一例として、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮は、近世まで神仏習合の寺社であり祭神について大物主、素戔嗚、金山彦と諸説あったが、明治の神仏分離に際して金毘羅三輪一体との言葉が残る大物主を正式な祭神とされた。明治の諸改革は王政復古をポリシーに掲げていたので、中世、近世のご本尊は古代の神社登録資料にも沿う形で行われたので必ずしも出雲神への変更が的外れでなかった場合が多い。
伝承
●大国主神と大物主神
『古事記』によれば、大国主神とともに国造りを行っていた少彦名神が常世の国へ去り、大国主神がこれからどうやってこの国を造って行けば良いのかと思い悩んでいた時に、海の向こうから光り輝く神様が現れて、大和国の三輪山に自分を祭るよう希望した。大国主神が「どなたですか?」と聞くと「我は汝(なんじ)の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)なり」と答えたという。『日本書紀』の一書では大国主神の別名としており、大神神社の由緒では、大国主神が自らの和魂を大物主神として祀ったとある。
(一言:が大国主神のもとを国造りの協力者だった少彦名神が去り、困っていたところに、大国主神自身の良心の魂が現れ、自身の良心を大物主神として祀った?変なのっ。)
●勢夜陀多良比売との出逢い
勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)が美人であるという噂を耳にした大物主は、彼女に一目惚れした。勢夜陀多良比売に何とか声をかけようと、大物主は赤い矢に姿を変え、勢夜陀多良比売が用を足しに来る頃を見計らって川の上流から流れて行き、彼女の下を流れていくときに、ほと(陰所)を突いた。彼女がその矢を自分の部屋に持ち帰ると大物主は元の姿に戻り、二人は結ばれた。こうして生れた子が比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)で、後に神武天皇の后となった。
(一言:邪まな思いで矢に返信した大物主は、川でトイレの用を足している時に、思う人の局部を突いてたら、二人は結ばれた?そのことで二人の間に生まれた不浄の?子が後に神武天皇の妻に?変というより異常な・・・。)
●倭迹迹日百襲姫の悲劇
箸墓古墳と関連があるとされる伝承である。倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ:第7代孝霊天皇の皇女で、巫女的な女性)は、夜ごと訪ねてくる男性に「ぜひ顔をみたい」と頼む。男は最初拒否するが、断りきれず、「絶対に驚いてはいけない」という条件つきで、朝小物入れをのぞくよう話した。朝になって百襲姫が小物入れをのぞくと、小さな黒蛇の姿があった。驚いた百襲姫が尻もちをついたところ、置いてあった箸が陰部に刺さり、この世を去ってしまったという。
(一言:黒蛇の化身が夜な夜な第7代孝霊天皇の皇女のもとに通いつめ、高女が化身の正体を知って驚き、尻餅をついた時に箸が局部に刺さって死んでしまった?異常というより異様な・・・・。)
●活玉依比売の懐胎
活玉依比売(イクタマヨリビメ:大国主の妻)の前に突然立派な男が現われて、二人は結婚した。しかし活玉依比売はそれからすぐに身篭ってしまった。不審に思った父母が問いつめた所、活玉依比売は、名前も知らない立派な男が夜毎にやって来ることを告白した。父母はその男の正体を知りたいと思い、糸巻きに巻いた麻糸を針に通し、針をその男の衣の裾に通すように教えた。翌朝、針につけた糸は戸の鍵穴から抜け出ており、糸をたどると三輪山の社まで続いていた。糸巻きには糸が3回りだけ残っていたので、「三輪」と呼ぶようになったという。
(一言:大国主の妻となる娘の前に、突然 大国主が現われ、二人が結婚すると、時を経ずに身ごもり、その父親を知るために針で糸巻きの糸をつけてたどってゆくと、三輪山の社にたどり着き、糸巻きには3回りだけの糸が残っていたので、その地を「三輪」とした?すると三輪山のご祭神は、大国主の妻と関係を持った大国主の恋がたきですと?)
●意富多多泥古の祭祀
崇神天皇が天変地異や疫病の流行に悩んでいると、夢に大物主が現れ、「こは我が心ぞ。意富多多泥古(太田田根子)をもちて、我が御魂を祭らしむれば、神の気起こらず、国安らかに平らぎなむ」と告げた。天皇は早速、活玉依比売の末裔とされる意富多多泥古を捜し出し、三輪山で祭祀を行わせたところ、天変地異も疫病も収まったという。これが現在の大神神社である。なお、『古事記』では、三輪大神は意富美和之大神とされる。
(一言:崇神天皇がはやり病や天災に悩んでいると、夢に大物主が現われ、その夢のお告げに従って活玉依比売の末裔とされる意富多多泥古を用いて祭祀を行わせると、全ての災いが収まった?)
以上、大物主神にまつわる神話はどれも、男神の大物主による神女神へのいかがわしいアプローチのお話ばかりです。
でもひょっとして、この大物主神(おおものぬしのかみ)が、飛鳥坐神社の主な御利益である子授けの神、子宝・縁結びをつかさどる神なのでしょうか。
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