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〜明日香村 飛鳥坐神社の飛鳥山口神社:おんだ祭に関わるの猿田彦乃神〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
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今回ご紹介する猿田彦乃神(さるたひこのかみ)については、飛鳥山口神社の三祭神として前ページで共にご紹介するつもりで、実際に記述してアップロードしたのですが、ページ域の限界だったために、猿田彦乃神(さるたひこのかみ)の記述はアップしたページに反映されませんでした。
なのでやむなく別記させていただきます。
猿田彦乃神(さるたひこのかみ)をご紹介する前に、先ずはこれまでにご紹介した飛鳥坐神社に関わるご祭神のおさらいをしておきましょう。
なぜご祭神のおさらいをするかと言うと、表向きには飛鳥坐神社の神々が一目で理解できるということですが、個人的にはこの神社の奇祭:おんだ祭が、どのご祭神に関係しているかを明確にしたかったからです。
飛鳥坐神社の四祭神
●明事代主神(ことしろぬしのかみ)♂
田の神様(稲作の神)で、大国主命=大黒様の子供であり、戎神(えべっさん)と同一視される。
●飛鳥神奈備三日女神(あすかのかんなびみひめのかみ)♀
地元:飛鳥 の地の守護神。飛鳥川の水の神であると共に、大国主命(大穴持命)の御子なる出雲系の神。
●大物主神(おおものぬしのかみ)♂
大国主神の和魂(良心)と言われるが、淫らな神話のある神。
●高皇産霊神(たかみむすびのかみ)♂
本来は高木(こうぼく)が神格化された神で、「創造」を神格化した神。『奥の大石』にも宿る。
奥の社(元伊勢)の二祭神
●天照皇大神(あまてらすおおみかみ)♀
言わずと知れた森羅万象を照らす太陽の神であり、皇室の祖神。
●豊受大神(とようけのおおかみ)♀
伊勢神宮 外宮のご祭神で、食物・穀物を司る女神
飛鳥山口神社の三祭神
●大山津見乃神♂
(=大山祗神)は皇室の舎殿の用材を切り出す山々の神で、水の神・農の神。在来の国津神に替わって地上を治めた天津神のリーダー。
●久久乃知之神 (くくのちのかみ)♂
●猿田彦乃神(さるたひこのかみ)♂
天孫降臨の際に、ニニギ(邇邇芸命)を道案内した神。先導の神。導きの神。道祖神と習合。
以上から、色っぽい祭事に関わる神としては、大物主神(おおものぬしのかみ)・高皇産霊神(たかみむすびのかみ)それに今回詳しくご紹介する猿田彦乃神(さるたひこのかみ)が該当する気がしますよね。
猿田彦神の名義には
①琉球語の先導を表す「さだる」が変化したもの。
②太陽の使いである猿が守る神田の男神という説。
③「さ」は早乙女などの「さ」で神稲、「る」はヒルメなどの助詞「の」、「た」は田を示し神稲の田の神。
他にも、佐太大神や戯人(さるど)と結び付ける説など。
大きく三つの説があるそうです。
また、天孫邇邇芸命(ニニギ)は天宇受売命(=天鈿女命あめのうずめのみこと)に命じて「吾が御子(邇邇芸命ニニギ)の天降りする道をさえぎるのは誰か」と問わせた。 すると「吾は国津神。猿田彦と申すが、天津神の御子が天降りされると聞いたので、御先導申し上げようとここまで出迎えに来たのだ」と答えた。
(一言:天宇受売命(=天鈿女命あめのうずめのみこと)は、天照大神が天岩戸に隠れたとき、岩戸の前でエロティックに踊り、天照を岩戸の外へと誘い出した女神です。)
そこで天孫邇邇芸命(ニニギ)は、猿田彦神に案内を命じた。
天孫邇邇芸命(ニニギ)は天宇受売命(あめのうずめのみこと)に「猿田彦神は汝(なんじ)が顕した(あらわした:今までなかったり隠れていたりした物・姿・様子などを,外から見えるようにする。)神だから、汝がお送りするがよい。 またその神の名を汝が名にとって仕えるがよい」と言われたので、 それ以後天宇受売命を猿女君と呼ぶようになった。
猿田彦神の面相は、「鼻の長さ七咫(ナナアタ=約1.2m)もあり、背の丈は七尺(約2.1m)あまりで身長は七尋(ナナヒロ=約12.6m)近く。しかも、口と尻は明るく光っていて、目は八咫鏡のように円く大きくて真っ赤な酸漿(ホオズキ)のように照り輝いている」との表記があります。
天下ってきた邇邇芸命(ニニギ)が下方に赤く光る妖しい光を見つけます。 その光は猿田彦神で、天孫の道案内におもむきます。そこで天照大神と高木神は天宇受売命(あめのうずめ)に、その神の元へ行って誰であるか尋ねよとの命じ、その神が国津神の猿田彦であることを確認して邇邇芸尊(ニニギ)に伝え、邇邇芸尊(ニニギ)が「無事に葦原中国に着くと、邇邇芸尊(ニニギ)は天宇受売神に、その名を明らかにしたのだから、猿田彦を送り届けて、その名前をつけて仕えるようにと言います。
役目を果たした猿田彦神は、このあと故郷の伊勢国(三重県)へ帰る。このときに彼を送ってきたのが天宇受売命(=天鈿女命あめのうずめのみこと)でした。
この天宇受売命との結びつきが、本来導きの神である猿田彦神の性格に複雑な要素を加えるのです。
天宇受売命は邇邇芸命に命じられ、猿田彦神の名を取って猿女君(サルメノキミ)を名乗り(猿女氏の遠祖)ます。猿女とは”戯る女(サルメ)”とも解され、神事芸能に関する役割を意味するという説もある。これに従えば、猿田彦神は芸能ごとにも深く関係していることになる。
この子孫とされるのが猿女一族で、古くから朝廷の祭祀と深く結びついていた一族です。 また、猿女君の祖であるともいわれています。 猿女君とは、宮廷祭祀において神楽を舞うことを務めとする神祇官の役職名である。
猿女一族は、踊りによって神々を喜ばせて関心を引き、踊りを通じて神々の託宣を聞くという呪力を駆使するシャーマニスティックな女性が中心の集団だったとか。 その踊りは非常に熱狂的かつエロチックで、女性たちが神懸かりして踊りを神に捧げ豊穣を祈るります。民衆の目には特殊な魔術を駆使する超能力者の集団と映ったかもしれません。
彼らは神と人との間を媒介する一種の巫女の集団だったといえます。
天宇受売命は、神々に踊りを捧げて豊穣を祈願する、超能力的な巫女集団のパワーが神格化された存在といえます。
導きの神としての性格を持つ以前の猿田彦神は伊勢地方と密接に関係する神霊で、もともとの姿については、原始的な太陽神として伊勢の海人が信仰した神だったのではないかという説が有力だとか。
(一言:猿田彦神が原始的な太陽神だとしたなら、天照大神のそれと重なりますね。だから古来より猿は神の使いとしての位置づけがあるのでしょう。)
また、猿田彦神は、いろいろな民俗信仰とも結びついています。そのひとつが、道祖神です。
道祖神は基本的には邪霊を防ぐ神だそうです。さらに、道の神、境の神でもある道祖神とされた猿田彦神は、江戸時代の中期頃から庚申信仰(こうじんしんこう)とも習合して信仰されるようになった。これは「猿と申」の共通性から、神道家によって結びつけられたとも。
また、古代の性器崇拝の信仰と結びついた金精さまも、猿田彦神の多様な顔の一面。 道ばたの道祖神には、性器を刻んだ男女の石像などがしばしば見られる。これは庶民が良縁、下の病、子宝、安産、子育てなど、性にまつわるさまざまな願いごとを道祖神に向けたことを示している。
金精さまというのは、そうした道祖神の性にまつわる信仰の部分だけを取り出したような神さまで、男女の縁結び、出産、性病治癒などの霊験ありとして信仰されます。
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