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〜明日香村 キトラ古墳:壁画を図柄にした記念切手と壁画の現状〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
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高松塚古墳全4ページ ブーム〜四神
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キトラ古墳の場合、初めて石室内の彩色壁画に玄武が発見され、世間や学会から注目を集めたのが1983年11月7日、今から31年前、高松塚古墳の壁画発見から約12年前(言い換えれば一回り前)ですね。
そしてキトラ古墳の壁画も高松塚古墳の壁画と同様に記念切手として2003年に発行されました。
ところが切手発行に至るまで、両者には大きな違いがあります。
高松塚古墳の壁画切手が壁画発見の翌年に発行されたのに対して、このキトラ古墳の壁画切手は、壁画発見から20年の時を経ています。
前回のページで私は、〜明日香村 キトラ古墳:この発掘も高松塚古墳の失敗は生かされず〜と題しましたが、記念切手発行までの期間がこれほどまでに比較して遅れたのは、高松塚古墳の失敗を繰り返すまいとする懸命の日々を物語っているのかもしれません。
なのですが、発掘(だけの?)影響により、結果的には両古墳の壁画に、共に大きなダメージを与えることとなります。
そこで、今から10年と7ヶ月前の2004年4月1日(切手発行の翌年)にネット上にアップされた、キトラ古墳の記念切手と壁画について紹介するページをご紹介したいと思います。
その陸奥新報社 東京支社 - OCN には、
「今から三十年前、わが国古代国家発祥の地・奈良県明日香村の西側にある高松塚古墳から、考古学上二十世紀最大の発見といわれた極彩色の壁画が発見された。それから三十年経た今年、その南方のキトラ古墳が発掘されようとしている。
小型カメラで中の様子はおよそ見当がついているが、高松塚より保存状態は良くないようである。しかし方位の守り神である玄武(北)、青龍(東)、白虎(西)、そして高松塚では盗掘にあって発見されなかった朱雀(南)の四神獣の全部が揃っている。さらには上壁には精密な天文図が描かれているという。世界最古の天文図であり、考古学者ならずともわくわくする話である。 発掘は文化庁の所管だが、この文化財をどのようにして国民一般、いや世界の人々に展示するかに話題が集中した。そのための財源確保の一環として、昨年十月から寄付金付記念切手が売り出された。
高松塚に次いでの二度目の記念切手の発行である。高松塚の場合は、その発見の驚きと内容で、一躍古代史ブームを巻きおこし、記念切手も好評で二年連続の発行となった。七千万枚だったという。切手の再発行は珍しいことである。 古代史ブームはなお続いているものの時代環境は大きく変わった。電子メールの到来で手紙は書かない、活字は読まない、加えて毎日のように寄付金なしの記念切手が発行され、切手市場は飽和状態だという。 結局二千万枚の発行となったが、目下集計中で五百万枚か六百万枚が売れただけのようである。 発掘の方は行程から大分遅れている。保存上必要な覆屋は出来上がったものの古墳内に入るまではいま少し時間がかかるようである。今にも飛翔しょうとしている姿をカメラが映し出した「朱雀」が、われわれの肉眼に映る日が待ちどうしい。」と。 キトラ
古墳壁画 西壁 白虎を図柄にした切手
(一言:とっても鮮明な白虎と朱雀の壁画ですね、発見当初はこんなに鮮明だったのでしょうか?いいえ違うでしょう。以下に紹介されている現状の画像とは煮ても似つかない、スケッチか復元図といった感じに見えます。)
そして現在の壁画の状態は、このようなものではないことが、キトラ古墳 - 国営飛鳥歴史公園にも紹介されていますが、画像が小さいので、他のブログで紹介されている画像から選んで以下にご紹介しておきます。
(一言:壁画のみを剥ぎ取り、特別展で展示されていたもので、こうしなければ壁画を後世に残せないとは、胸が痛む気がします。)
キトラ古墳壁画 北壁 玄武
の現状
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