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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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明日香村 キトラ古墳キトラ古墳と高松塚古墳の被葬者を再検討
     サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編  

−キトラ古墳のページ−                
またも失敗は生かされず キトラ古墳  壁面より剥ぎ取られ保存 四神壁画
四神壁画より興味深いぞ 星宿図の差 星宿図から推察してみる 被葬者は
朝鮮半島の円墳は神の国で 変化して                     


以下の青文字部分の文章は、後日の追記です。
2016年7月9日放送CS2プレミアム ヒストリー「飛鳥の大宇宙〜キトラに眠るのは誰だ〜」では、キトラ古墳が六角墳ではなく、円墳であることから、被葬者は薄葬令 が発せられた645年以後の人物ではないかと考えられている。

高松塚古墳の被葬者は、大宝律令を手掛け、40代没した子(おさかべのおうじ 刑部皇子とも言われる  太政大臣の高市皇子とは異母兄弟 )ではないかと。

キトラ古墳の天井に描かれた天文図の内軌(ないき)の中心近くに描かれた北斗七星が描かれている理由は、天皇を中心とした時代の被葬者を意味することから、高市皇子(たかちのおうじ太政大臣)43歳没が葬られているという説と、

古代においてキトラ古墳のあった場所は阿倍山と呼ばれていた。
従ってキトラ古墳にはこの地名から安倍氏が治めていた地域で、その当時の長、
安倍御主人(あべのみうし 左大臣 竹取物語で火鼠の皮衣を探す。安倍清明の祖先)が被葬者では?という説のどちらかでなないかと考えられています。

高市皇子と安倍御主人のどちらがキトラ古墳の被葬者か?と聞かれたら、私は安倍御主人だと思います。

以前ご紹介した明日香村 キトラ古墳天井の星宿図などから導き出される私の推察では、キトラ古墳の被葬者を推察し、神功皇后が朝鮮出兵の際に身ごもっていながら朝鮮出兵中に亡くなった子ではないかと推察しましたが、神功皇后の子である応神天皇が即位した応神天皇元年は、上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧- Wikipediaによると、西暦270だそうで、7世紀から8世紀、つまり西暦600年〜800年のものと考えられているキトラ古墳被葬者としては不適格です。
なので調べ直して再考してみました。

先のページで被葬者を推察する根拠としたのは、
キトラ古墳は、東漢という中国からの渡来人が多く住んでいた地域にあり、高松塚古墳は、蘇我 氏の一族が住む地域にある
高松塚古墳キトラ古墳の後に建造されたと考えられている。
「中国ならば作ろうと思えば星図は作れたはず」ということ。
キトラ古墳の天井に描かれた星宿図高句麗上空のものであるとする説がある。
キトラ古墳被葬者は、応神天皇404年、高句麗出兵して戦死した倭王あることを告げる  暗号だとする説がある。
応神天皇の母:神功皇后には、「お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま朝鮮半島に出兵し て新羅の国を攻め、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約した。」という伝  説がある。
神功皇后200年頃(神話時代)、新羅を救援朝鮮半島へ大航海には、既に日本に亡命してきた渡来人「新羅の王子」の子孫の夫人が後の神功皇后で、神功皇后仲哀天皇と結婚した時には、既に身籠っていたので、渡海の際は、お腹に月延石や鎮懐石と呼ばれる石をあててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせ、妊娠から出産まで15カ月の後、筑紫の宇美で帰路の船上にて出産したとされる。(これを深読みすると、神功皇后が朝鮮半島出兵の際に身ごもっていた子は、朝鮮半島で亡くなり、その後高句麗人の子を身ごもって、帰路の船上で産まれた子が応神天皇だったとも?)
以上7つの事柄でしたが、⑤〜⑦の事柄は条件から省きたいと思います。

キトラ古墳被葬者
の事柄を今回も重視して、被葬者は朝鮮半島の王朝:高句麗にかかわりのある人物と考え推論を進めますが、西暦600年〜800年の人物という条件を加えました。
キトラ古墳のある場所は当時、東漢の集落でした。そしてすぐ北には、蘇我氏の集落があります。そこで蘇我氏の系譜から該当する人物を探すと、第六章 「万世一系」という騙りには、
武内宿禰(たけしのうちのすくね)が京都の石清水八幡宮で応神天皇・神功皇后と同格で祭られていて、蘇我氏の高祖と「記紀」は伝えているということです。
つまり蘇我氏は皇族に匹敵するほどの存在でした。
朝鮮半島に出兵したという点で蘇我氏の血筋を調べると、日本書紀』によると、蘇我韓子(そがのからこ)、465年3月雄略天皇の命で・・・・新羅征伐のために朝鮮半島へ渡ったとされることから蘇我 韓子=倭王なのかもしれません。
ただし、蘇我韓子の没年は、 465年5月とされていますので、キトラ古墳(600〜800年までの被葬者は該当しません
蘇我韓子以後の系譜となると、蘇我高麗(そがのこま)・蘇我稲目(そがのいなめ:506年- 570年)・蘇我馬子(そがのうまこ:551年?−626年)・穴穂部皇子(あなほべのみこ:?年−587年)境部摩理勢(さかいべのまりせ)・蘇我蝦夷(そがのえみし:(586年?−645年)・蘇我入鹿(そがのいるか:610年?−645年)・蘇我倉麻呂(そがのくらまろ:生没年不詳)・蘇我果安(そがのはたやす:生年不明 - 672年)がいます。
この内蘇我倉麻呂・蘇我果安蘇我入鹿の亡き後、蘇我家の本流となりますが、壬申の乱の中で自殺、果安の子は乱の後に果安の子は配流されます。
従って600年〜800年の人物となると、蘇我馬子・蘇我蝦夷・蘇我入鹿ですが、逆賊になった蝦夷・入鹿の墳墓が今日に残ってはいないはずです。そして蝦夷の父である蘇我馬子もその死後に逆賊として扱われ、その墳墓は石舞台だとも言われ、石室が地表にあらわになっているのは、逆賊として墳墓を荒らされた結果だとの説もあります。
となると600年以前の人物ですが、高句麗人だったとも言われる蘇我高麗と、その子蘇我稲目が有力視されます。このうち近年発掘された都塚古墳の推定築造時期が蘇我稲目の没年(570年)と一致するという説がありますが、私は、キトラ古墳の被葬者こそが、蘇我稲目(そがのいなめ:506年- 570年)で、キトラ古墳より以前の古墳とされる、都塚古墳の被葬者は、蘇我高麗(そがのこま:没年不詳550年前後かな?)だと考えます。
なぜなら、〜明日香村 高松塚古墳:これらの終末期古墳から政変が見える〜では、後期古墳時代前方後円墳では、寿陵(じゅりょう:生前に作られ陵墓)で、終末期古墳時代は死後に墓造りが行われたとの説があることをご紹介しましたが、比較的小規模となったとは言え、それなりに大きな規模である以上、生前から墳墓造りが行われたと思われますし、蘇我高麗高句麗人だとしたら、より朝鮮半島の墳墓に近い様式の都塚古墳に葬られ、その子:蘇我稲目の墳墓は、朝鮮半島の墳墓の様式を強く残しながらも日本的様式も加味されたキトラ古墳に葬られたと考えられるからです。
高松塚古墳被葬者
高松塚古墳が蘇我氏の集落域にあることから、あくまでも蘇我氏の系譜の中から年代的に該当する存在を探そうとしても、蘇我氏大化の改新の政変の中で一族は滅んでいます。
ということは、蘇我氏滅亡以後に高松塚古墳のある地域に一族の集落があった豪族の系譜を調べる必要があることになります。
蘇我氏亡後に台頭した豪族は、乙巳の変蘇我入鹿暗殺した当事者の藤原鎌足に連なる藤原氏すが、蘇我稲目の時から対立していた物部氏に被葬者としての可能性を探りました。
結果、物部氏の系譜にある石上麻呂(いそのかみのまろが浮上しました
石上麻呂 - Wikipedia には、以下のように紹介されています。
物部麻呂が史書に現れるのは、天武天皇元年(672年壬申の乱の終局、物部麻呂はこの乱での敗者である大友皇子(弘文天皇)の側として、大友皇子が敗走して自殺するまでつき従いますが、同族の朴井雄君が大海人皇子側で勲功を挙げた事で物部一族への処分が軽微に留まったり、その忠誠心が天武天皇に評価されて新政権で起用されたのではないかと言われます。
物部連は他の多数の姓の氏とともに朝臣の姓を与えられた頃、死後に氏上と認められ、氏の名を石上と改めたらしい。
この頃新羅と日本は使者の往来を頻繁に行っており、物部連麻呂は、天武天皇5年(676年10月10日、大乙上大使となって新羅に、入れ違いで新羅の使者が来日、翌年2月1日に新羅から帰国した。
ということで、高松塚古墳の被葬者は、物部連麻呂こと石上麻呂(いそのかみのまろ:没年不詳720年ごろかな)というのが私の結論です。
なお、『竹取物語』においてかぐや姫に求婚する5人の貴族の一人である「石上まろたり」のモデルといわれています。


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