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〜藤原京のトイレ事情〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!
−キトラ古墳のページ−
朝鮮半島の円墳は神の国で 変化して
注:天智天皇の子供たちについてのページは明日以降になります。
天智天皇の子供たちについてのページができるまでの場つなぎに、こんなお話でいいのかな?とは思ったのですが、大切な排泄のことなので、お許しください。
こんなのが、飛鳥資料館の展示物の中にあるのです。
(一言:資料館の学芸員の方が、大真面目で出展しているのです。)
こんなことを言っていいのかどうか?
私が子供の頃は、汲み取り式のポットントイレでした(大阪市内です)。
当時、ロールペーパも出始めの頃だったでしょうか?
ですが、我が家は新聞紙を長方形に切ったものをトイレットペーパとして使っていました。
つくづく思うのですが、昔の人はオシリが丈夫だったんですね。
(一言:多分オシリに新聞紙のインクが黒くついていたでしょう。当時は・・・アハ八ッ!
でね、ポットントイレに入る前には、こう言うんですよ、「お釣りはいらないよっ!」てね。)
でもその後 枚葉紙タイプになり、水洗トイレになってロールペーパーになりました。
今では公衆トイレの隣室で永遠とロールペーパーをカラコロ・カラコロと取り続ける音を少なからず耳にします。贅沢になったものです。
でも藤原京時代に生まれてなくて良かったです。ヘラで後処理をするんですよ。絶世の美人も!
例えば額田王(ぬかたのおおきみ)とか。
(一言:そりゃ痔になるわ!!トゲが刺さったりして・・・。流血?いや流ケツの惨事です。)
やはや、はしたないお話で恐縮です。
藤原京のトイレ
さすがに穴を掘っただけのトイレが常設された民家はもうないでしょうが、
肥え瓶の上に板を2枚渡したトイレなら、今もどこかにあるのでは?
右端のタイプは、男子が立ち小便も出来そうです。
トイレ遺構の中にこのヘラがあるのですから、使い捨てなのでしょうね。
額田王イメージ画像(額田王 - 武士の夢を後追い!より)
手にした筆が躊木(ちゅうぎ)に見えて来ます。
駄目よーっ!ダメ、ダメ。私としたことが。 ![]() |
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