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〜平城京:天智天皇の子供たち、それぞれのドラマ(2)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!平城京編
注:飛鳥時代のお話ですが、平城京への遷都までの道のりとしてご紹介しています。
●天智天皇の子供たち●
皇子皇女名 | 天皇名 | 実 母 | 婚 姻 者 | 生年 | 没年 | 享年|死因・その他
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⑤阿閇皇女(あへのひめみこ:元明天皇)。 第四皇女 阿部皇女(あべのみこ)とも。
1歳年下である甥の草壁皇子と結婚した。
680年に氷高皇女を、683年に珂瑠皇子を産んだ。681年3月に草壁皇子が皇太子となるものの、689年5月に草壁皇子は即位することなく早世した。姉で義母でもある鸕野讃良皇女(持統天皇)の即位を経て、697年9月に息子の珂瑠皇子が文武天皇として即位し、同日自身は皇太妃となった。
707年4月には夫・草壁皇子の命日のため国忌に入ったが、直後の707年7月、息子:文武天皇が病に倒れ、崩御してしまった。残された孫の首(おびと)皇子(後の聖武天皇)はまだ幼かったため、中継ぎとして、初めて皇后を経ないで即位した。
⑥山辺皇女
実の子:なし /実の姉弟:なし
大津皇子の正妃となったが、686年(朱鳥元年)に皇子が謀反の意ありとして捕えられて磐余の自邸で死を賜ったのに伴い殉死した。その様子は『日本書紀』に髪を振り乱して裸足で走り、殉死した。それを見た者は皆嘆き悲しんだ)」と記されている。
⑦明日香皇女
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