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〜今さら花博しかも冬:ベルギー王国ブースの今昔〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おもろいなぁ大阪編
〜今さら花博しかも冬:〜のシリーズでは、今回から国際花と緑の博覧会EXPO’90開催当時の世界庭園ゾーンの各国ブースの光景と現在の鶴見緑地に残る跡地の様子を、なるべく対比させる形でご紹介したいと思います。
さて、今回御紹介するのは、世界庭園ゾーン内にあるベルギー王国のブースです。
BACK TO THE 花博には、開催当時の様子を「ベルギー王国のブースです。国花であるアザレア、ベゴニア、ペチュニアなどが美しく咲きほこる花園となっており、その花園に囲まれた現代彫刻をメインに、ベルギーならではのダイアモンド製品、ガラス製品を展示し、併せて同国の観光PRコーナーも設けられました。」と紹介しています。
現在、当時のものとして目にするのは、影のような裸婦8人が、円によって繋がったような状態で表されたモニュメントです。
このモニュメントは、当時の画像を見ると、ジャングル?の中で現地民族が踊ているかのような展示の仕方で設置されていますね。
現在では主役のようなこのモニュメントは、開催当時は飾り付けの一部、つまり脇役に徹しています。
周囲の様子が変わるだけでこんなに見る者のイメージが変わってしまうということは、とても面白いことです。
ベルギー - Wikipediaによれば、「ベルギー王国(ベルギーおうこく)、通称ベルギーは、西ヨーロッパに位置する連邦立憲君主制国家。隣国のオランダ、ルクセンブルクと合わせてベネルクスと呼ばれる。欧州連合(EU)の原加盟国であることや、地理的には欧州のほぼ中央部に位置する交通の要衝にあり、その主要機関の多くがブリュッセル(ブリュッセル首都圏地域)に置かれているため、ブリュッセルはEUの首都とも言われている。憲法上の首都は、19の基礎自治体から成るブリュッセル首都圏の自治体の一つ、ブリュッセル市である。
19世紀にネーデルラント連合王国から独立した国家で、オランダ語の一種であるフラマン語が公用語の北部フランデレン地域と、フランス語が公用語の南部ワロン地域とにほぼ二分される(この他にドイツ語が公用語の地域もある)。建国以来、単一国家であったが、オランダ語系住民とフランス語系住民の対立(言語戦争)が続いたため、1993年にフランデレン地域とワロン地域とブリュッセル首都圏の区分を主とする連邦制に移行した。」で、
古くからヨーロッパの立憲君主国家だったということは、戦争や政変の絶えない長い歴史を持つことは想像できます。
その長い歴史の中で、とりわけ近世の植民地支配の時代についての記述では、
「1885年に第2代国王レオポルド2世が個人の所有地としてアフリカにコンゴ自由国を領有する。コンゴ自由国はレオポルド王の極めて残忍な統治で徹底的に搾取され、コンゴの人口は2500万人から1500万人に激減したと推定されている。国際的な非難を呼んだため、1908年にベルギーの国家的所有に移されて、ベルギー領コンゴとして1960年まで支配した。第一次世界大戦では、1914年にドイツ帝国により中立を犯されて占領されるが、1919年のヴェルサイユ条約によりドイツ帝国の植民地であった現在のルワンダとブルンジを獲得した。
そんな時代に捕らえられたコンゴの民を、このモニュメントは現しているのかもしれませんね。 中国語表記が面白い!日本の漢字とかなり違う。『ベルギー』が『比利时』は。
今後も中国語表記に着目です。
ベルギー王国の位置を示す地図
現在のベルギー王国の首都:ブリュッセルの光景
中央にブリュッセル市庁舎
ベルギー王国が1885年 - 1908年に領有したコンゴ自由国の位置
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