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〜西日に映え白梅が美しい大道旧山本家住宅(国登録有形文化財)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!太子町
大道旧山本家住宅は、わが国最古の国道とも言われる竹内街道の沿道にたたずむ「かやぶきの古民家」で、大和棟の形態をよく残し、大和と堺(=難波津と飛鳥)を結ぶ街道(「大道」竹内街道)沿いの歴史的景観を特徴づけるものとして「国登録有形文化財(建造物)」となっています。周辺には道しるべや伊勢燈篭などが残されており、かつて経済活動や巡礼にと人々のゆきかった、かつての面影を今に伝える格好のスポットとなっています。
大道旧山本家住宅の向かいには、孝徳天皇陵があります。
大和棟の主屋と北西に連なる入母屋造・桟瓦葺きの離れからなり、東側には蔵を配置しています。その構造手法から江戸末期と推定される主屋は、茅葺きの切妻屋根の両側を本瓦葺きとし、内部はドマ、ザシキ、シモミセなどを配する典型的な民家で、離れには大正元年(1912)の棟札も残ります。蔵は昭和27年に建て替えられたもので、当初は広場を囲んで他に2棟の米蔵がありました。平成16年9月に公開するにあたり、近年の改装部分を取り除き、転用されたドマの差鴨居(さしかもい)を原状に戻すなど、あまり手を加えずかつての姿に復元したそうです。
この大道旧山本家住宅の特徴である大和棟は、奈良県の民家で見られる建築様式。切妻の草葺と屋根瓦が組み合わせられており、洗練された切妻の白い漆喰壁と屋根の対象性が美しいのが特徴。棟の高い部分が主屋で低い部分が釜屋(くどや土間)で構成されている。
以下にご紹介した3つ目の画像を見ていただくと、母屋の茅葺屋根の棟には大きな伏間瓦がならんでいますが、こうした瓦は今では作られていません。もし割れたりしたら、特注で製造してもらう他はないでしょう。
茅葺屋根の妻部から出た屋根の壁部は白壁(漆喰壁)ですが、その手前の煙出し屋根のある切妻の壁部には漆喰は塗られておらず、土壁がむき出しになっていますので、その意味では、「洗練された切妻の白い漆喰壁と屋根の対象性が美しい」という印象はやや薄いかもしれませんね。
画面左の石垣の上に伊勢燈篭が立っています。
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