|
〜丹生都比売神社の花盛祭:渡御の儀の大天狗さまは鉾を杖に〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!和歌山編
前年のこの花盛祭のご紹介では、渡御の儀の画像などを橋本新聞より引用させていただきましたが、今回は私自身の撮影した画像です。
以前は渡御の儀の行列は輪橋(りんきょう:反り橋)を渡っていたようですが、今では輪橋脇の側道を通ります。
これは、渡御の儀の行列の先頭を行く大天狗さまがその面つけて視界が利かない上に、一本歯の高下駄を履いていることから、輪橋での事故を防ぐ意味から回避されたのでしょう。
実際、大天狗さまは右手に持った鉾を杖にし、左手は介添え任の肩に手を回してゆっくりと慎重に練り歩きます。
これに続く行列もまた、大天狗さまのペースにあわせざるおえませんが、見物人やカメラマンにとっては、ちょうど良いスローペースです。
丹生都比売神社 - かつらぎ町観光協会によれば、
この「渡御の儀」は、古く鎌倉・室町時代に行われ、神輿行列が和歌山市内の和歌浦にある玉津嶋神社までご巡幸した「浜降り神事」がもととなっているそうです。
その後、天野の里内で「渡御の儀」として行事が行われ、幾度か中断しましたが平成元年に崇敬者・地元の方々の協力により復興されたものです。 第一殿にまつられている丹生都比売大神は、天照大御神の御妹神さまで、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め天野の地に鎮座されました。
丹生都比売大神を祀る神社は全国に108社 摂末社を加えると180社余を数えます。丹生都比売神社は、その総本山です。 第二殿に祀られている丹生都比売大神の御子、高野御子大神は密教の根本道場の地を求めていた弘法大師の前に黒と白の犬を連れた狩人に化身して現れ高野山へと導きました。
弘法大師は丹生都比売大神より、ご神領である高野山を借受け山上大伽藍に大神の御社を建て守護神として祀り真言密教の総本山高野山を開きました。 古くから日本人の心にある祖先を大切にし自然の恵みに感謝する神道の精神が仏教に取り入れられ
神と仏が共存する日本人の宗教観が形成されていきました。 明治の神仏分離まで、丹生都比売神社は56人の神主と僧侶で守られてきました。また高野山参詣の表参道である町石道の中間にある二ッ鳥居は神社境内の入口で、まず丹生都比売神社に参拝した後に高野山に登ることが習慣でした。 |
全体表示
[ リスト ]




