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〜高野山開創1200年:再建された壇上伽藍 中門〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!和歌山編
前々回に予告としてその賑わいをご紹介した壇上伽藍の中門は、
開創1200年を記念する主要事業として、天保14(1843)年に壇上伽藍の火災により中門は焼失し、礎石のみとなっていましたが、172年ぶりに再建されました。
新たな中門は、鎌倉時代の建築様式をもとに設計され、規模は東西25m、南北15m、高さ16m。高野山開創1200年記念大法会の初日、平成27年4月2日(木)には、開創大法会開白・中門落慶大曼荼羅供が執り行われました。 中門を支える18本もの柱は礎石に幾度も調整を繰り返し据えられており、釘等で固定することなく各自が自立しています。
過去に何度も火災により焼失した壇上伽藍ですが、江戸時代中期、中門の屋根は銅板が使用されていました。しかし今回の再建事業では鎌倉時代の中門を再建するため、檜皮葺を用いています。
檜皮は直径1m、高さ20mの檜80本で8坪分しかとれません。 高野檜皮はかつては日本のブランドであり、この地域の特産品でしたが、林業の衰退により今では大変貴重な品となりました。 高野山中門には、約1500本分の檜皮を使用しています。 また檜皮は、全国に50〜60人しかいない専門の職人により、1枚ずつ手作業で作られています。 (余談ですが:随分以前に亡くなっていますが、実は私の父方の叔父さんも桧皮葺職人でした。)
檜皮は軽く、また油分が多くて雪や雨をよくはじくので、雪は積もらずにサラサラと落ちます。
湿気もこもらないので建物には良く、デザイン面での美しさや優美さも兼ね備えています。
一方で、油分が多いため火災に弱く、一度燃えると火の塊となって飛んでいき、類焼してしまいます。 新しい中門では火災対策として、周囲にスプリンクラーを設置しているらしいです。
檜皮葺が完成した後、平成26年5月に中門を囲っていた素屋根は撤去され、6月には本体が完成したとか。 再建された中門を見ての私の感想ですが、鮮やかな五色幕が張られ、真新しい丹塗り(にぬり)と呼ばれる朱赤や白壁との取り合わせがとても美しいものでした。ちなみに、
五色幕(ごしきまく)とは、仏教の寺院の壁などに掛けられている5つの色の幕のこと。五色幔幕。配色には差異があるが、一つの例として白・青・黄・赤・黒などがある。 ただし青と黒は現在使われる青色(ブルー)や黒色(ブラック)ではなく、伝統的表現の緑(翠)と青(群青)で表される
仏教の寺院であることを表し、釈迦如来の説いた教えを広く宣べて流布させることを表している。寺院の落慶時の法要などや、灌仏会(花まつり)などの年間の大祭で寺院の壁面や堂内の入り口にこの五色幕が掛けられる。
とあり、
鳥居でおなじみの朱色を建造物装飾の言葉では丹塗り(にぬり)といいます。
丹塗りとは昔ながらの材料を使った伝統的な塗装方法の一つです。伝統的な社寺が赤く塗られてきたのは、建物を彩ることで魔除けや神性を表す視覚的な意味のほかに、朱や丹という顔料は金属を原料としているので、虫害・腐食から建物自身を守る役割もあります。
丹塗りの工程は、最初に古い塗装をへら等の道具によって丁寧に削り、汚れや埃を拭き取る掻き落し作業を行います。次に礬砂(どうさ)と呼ばれる、膠水に明礬(みょうばん)を溶かした液を塗布します。
さらに、砥之粉(とのこ)・おがくず・漆で練った刻苧(こくそ)を傷んだ部分や虫食いの穴に充填して埋め、均一な木地を再生します。そして最後に鉛丹(えんたん)の粉を膠水で溶いた丹で塗り上げます。
伝統的な丹塗りは、現代の塗装に比べ何倍もの手間暇がかかりますが、本来あるべき姿に修復するためには必要なことです。鮮やかな丹・朱色、そして丹塗りという伝統技術を次の世代へと伝え残していかなければなりません。
[ 膠 ]動物の皮から抽出した接着剤
[明 礬]硫酸塩とアルミニウム・クロム・鉄などが化合したもの
ちなみに開創記念慶讃法会(きょうさんえ)については伽藍金堂において、17日〜30日の間、毎日各宗派・会派によって行われます。
詳しい日程はこちら→法会日程
満開の桜が華やかさを更に演出しています。
(人目線で撮影)
(4メートルの高さから撮影)
国道を挟んだ位置から撮影した中門
(6メートルの高さから撮影)
国道側の位置から撮影した中門(魚眼撮影)
(人目線で撮影)
国道側の位置から撮影した中門(魚眼撮影)
(高さ6メートルから撮影)
国道側の位置から撮影した中門(魚眼撮影)
(高さ9メートルから撮影) |
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