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〜高野山開創1200年:壇上伽藍、五智と祈りと桜と人並み、と排水溝〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!和歌山編
撮影は禁止ですが、5月21日までの大法会期間中は壇上伽藍の金堂内に安置されている御本尊の薬師如来が特別開帳されています。
そして金堂前にある大灯籠の更に前には3本の木の柱のようなものがあります。
これを何と言うのかは調べ出すことができなかったのですが、この3本のうちの真ん中の柱上部には、金堂の中から5色の紐が張られていて、そこから更に3本の紐に分かれて柱の下部へと垂れ下がっています。
私は本堂の中には入らなかったのですが、これは金堂の中の御本尊(薬師如来)の指から五色の紐が通されて出て来ているのだそうです。
そしてこの五色の紐の意味はというと、〜高野山開創1200年:再建された壇上伽藍 中門〜でご説明した五色幕と同様に、曼荼羅の中に描く五つの智慧=知恵を現す色で、曼荼羅の中では五智如来として表現されています。
五智如来とは、(四智=仏陀の4つの智+法界体性智)の如来で、 法界体性智(究極的実在それ自身である智)、大円鏡智(鏡のようにあらゆる姿を照し出す智)、平等性智(自他の平等を体現する智)、妙観察智(あらゆるあり方を沈思熟慮する智)、成所作智( なすべきことをなしとげる智)なのですが、これを更に詳しく説明すると、以下のようになります。
【四智とは】四智 - WikiDharmaより
成所作智
五識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)を変化せしめて得る智。作すべきことを成就する智慧。あらゆる人々を救済するために、あらゆる場所に変化身を現ずる智慧。
妙観察智
意識を変化せしめて得られる智慧。妙にものごとを観察する智慧。存在おのおのに固有のすがた(自相)とすべての存在に共通するすがた(共相)とを把握する智慧。この智慧によって総持(陀羅尼。無量の教えを忘れずに心にとどめること)と定門(三摩地。心を一つの対象に集中せしめること)と功徳(六波羅蜜。十力・四無畏などの功徳)とを身につけ、説法の集会において無辺の働きを示し、すぐれた教えを垂れて人々のあらゆる疑問を断じることができる智慧
平等性智
末那識を変化せしめて得られる智慧。深層的な自我執着心である末那識が質的に変化して、自己と他者とは平等であるとみる智慧。あらゆる存在は一味・平等であるとさとり、大慈悲心を起こして人々の願いに応じて他受用身と他受用身の国土とを示現する智慧。
大円鏡智
阿頼耶識を変化せしめて得られる智慧。阿頼耶識の中からあらゆる汚れが取り除かれ、塵一つない磨かれた大きな鏡のようになった心を言う。ありとあらゆる存在(法界)を照らし出し、自受用身と自受用身の国土を示現し、他の3智を生じる働きがある智慧。
要するに金堂内の御本尊の薬師如来より続く五色の綱を握ることで、金堂に入らなくても薬師如来と繋がれるので、この綱を握り祈ることでご利益を得ることができるのだそうです。
また、金堂の中では同じ綱が左右に分けられ、それがまた三本に分けられているので6人が一度に薬師如来と繋がることができ、更に金堂の外でも3人が薬師如来と繋がることができるのです。
次に壇上伽藍のシンボル的存在の根本大塔ですが、
多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来です。
周りには金剛界の四仏(しぶつ)が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による
十六大菩薩(じゅうろくだいぼさつ)、四隅の壁には密教を伝えた真言八祖(はっそ)像 が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されているのだそうです。 ということで、難しい意味合いのことは色々ありますが、そんな理屈が理解できなくても、自然は偉大だということは境内に咲く桜の美しさからもシンプルに理解できます。
それにしてもそんな聖地だからこそある意味不思議に思えるものも、撮影した光景の中にも見ることができます。
一つは参拝者の行列で、もう一つは排水溝です。いかにも俗世的な光景であるがために、面白くもあり、違和感も覚えますよね。
金堂(左)・根本大塔(中央奥)・梵鐘(高野四郎:右)の狭間に連なる人の列
朱印や御守を求める人の列なのでしょう。
御本尊:薬師如来より続く五色紐を握り、祈る若者
その足元の前には一直線に続く排水溝、
まるで結界のようです。
いや、桜源郷かな?
紺色の柄物ハッピは念法眞教のものです。
私には、この正方形の排水溝は、地獄への入り口のようにも思えます。
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