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〜天野の里の史跡:今は無き神宮寺の石板碑、文字と切断の意味とは〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!和歌山編
だからこそ、謎の石板碑の頭頂部は切断されたと私は思います。
つまりこの石板碑は、今は無い多宝塔や御影堂などを伽藍とする神宮寺のものだったのでしょう。
では切り離された頭頂部には何が刻まれていたのでしょうか?
今有る石板碑の中央上部に大日如来の種子「バン」が刻まれていることから想像すると、それは大日如来の像だったのかもしれません。
だから廃仏毀釈の運動で石仏が破壊されたように、大日如来の像も切り離され、破棄されたのではないでしょうか。
ところで、謎の石板碑には何が書かれているのでしょう。
その全てを読み取ることは私にはできませんが、大日如来の種子「バン」の直ぐ下には、蓮の花が刻まれ、更にその下に刻まれている文字くらいは何とか読み取れそうなので書き出してみると、 「蹄命?之為三界万霊六道四生諸合」
と刻まれているように見えます。
●まず最初の『蹄命?』の部分ですが、
「どんなに優れた能力を持っている馬でも蹄が悪ければその能力を十分に発揮することができません。
馬にとって蹄は「第二の心臓」とも言われるほど大事な役割をしており、蹄の病気が原因で命を落とすこともあるほどです。」と書かれています。
(一言:馬についてのページなので、仏教とは関係ないかもしれませんが。)
●次に「三界万霊」ですが、
【施餓鬼】より…三界万霊は中国では,盆に来る霊はまさに餓鬼であった。家の祖霊は各戸でまつり,家とは特定の関係にない無縁の餓鬼すなわち三界万霊は,新亡の精霊とともに村の寺院で共同祭祀として施餓鬼会を実施したのが本来であったと思われる。現在のように,家の祖先をも盆の施餓鬼会で供養するのは後世の形で,おそらく中世末期以降のことであろう。…
【無縁仏】より…三界万霊は供養されることがないのでつねに腹をすかせ,あるいは安らかな死が迎えられず,怨恨をもって迷っているため,たたりやすく,またこの世に害を与えるので,無縁仏には個人または集団でことあるごとにまつる必要があるとされた。中世の霊魂祭祀では,個々の無縁霊がもれないように,総括して法界,三界万霊,無縁一切精霊などと表現していた。民俗用語としては,現今,南九州・南島ではフケジョロ(外精霊),ウケジョロ(浮精霊),ホカドン(外殿),トモドン(供殿)など,紀ノ川沿いではお客ボトケ,兵庫県宍粟郡ではショウロサン(精霊様),岐阜県加茂郡では一切精霊様,壱岐ではサンゲバンゲ(三界万霊)などとよばれている。…
と記されています。
ちなみに『三界』とは三界 - Wikipediaによると、三界(さんがい、tridhātu)は、欲界・色界・無色界の三つの総称。三有ともいう。凡夫(=凡人:仏教の教えを理解せず、愚かな行為を繰り返す人。)が生死を繰り返しながら輪廻する世界を3つに分けたもの。なお、仏陀はこの三界での輪廻から解脱している。
欲界(kāmadhātu)
色界(rūpadhātu)
欲界の2つの欲望は超越したが、物質的条件(色)にとらわれた有情が住む処。この色界は禅定(心を統一して三昧に入り寂静になること。)の段階によって、4つ(四禅天)に分けられ、またそれを細かく18天に分ける。
無色界(ārūpyadhātu)
欲望も物質的条件も超越し、ただ精神作用にのみ住む世界であり、禅定に住している世界。
石造五輪卒塔婆群の謎の石板碑アップ
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