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〜空港北の短いトンネルを抜けるとそこは県境であった。朝の頂が蒼くなった〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!遠出編
余談ですが、川端康成「雪国」を歩く - 東京紅團(東京紅団)によれば、
「・・・雪国は御存じの通り、越後湯沢を書いた小説ですが、作者が意図したのか、作品のの中には越後湯沢という地名は一切出てきません。」という書き出しの後に、「 この「雪国」という小説は、当初から考えられていた小説ではなく、幾つかの小説を推敲(すいこう)してまとめて昭和12年に「雪国」として発表したものです。川端康成は「雪国」を昭和12年で終わらせず、戦後の昭和22年に書いた「雪中火事「と「天の川」の二つを加えて、昭和23年決定版「雪国」として再び出版します。現在の「雪国」は、これが底本となって出版されています。まず最初に書かれたのは昭和10年の「夕景色の鏡」で、あの有名な書き出しは当初は「国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなった。」となっていましたが、決定版では「国境のトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」と書かれています。ここばかりではなくて、その他の部分でもかなり修正しています。ですから、「雪国」は時が経つほどにどんどん長くなって行った小説です(つまり、戦前と戦後で長さか違う小説の「雪国」です)。岩波文庫の”あとがき”に川端康成本人が書いています。・・・・。」と紹介しています。
とても興味深い事実ですが、皆さんはご存じでしたか?
とは言うものの、川端康成の『雪国』のお話と、今回のページとは全く関係がなく、ただ見出しとして『雪国』の書き出しを真似て〜空港北の短いトンネルを抜けるとそこは県境であった。朝の頂が蒼くなった〜と題したついでに豆知識としてご紹介しました。
もう少し付き合って下さいね。
「空港北のトンネルを抜けるとそこは県境であった。朝の頂(いただき)が蒼くなった。」
どうでしょうか?このフレーズ。文学的でしょうか?それとも文学ごっこにすぎませんか?
現実的な話をすると、伊丹トンネルを抜けるとそこは国境ではなく、大阪府池田市の西端に位置し、猪名川を県境として兵庫県川西市と隣接しています。
池田市 - Wikipediaによれば、
市中心部は古代から呉服(くれは)の里と呼ばれ、現在も呉服神社、呉服町などに名残りが見られる。平安時代後期には荘園が成立し、呉庭荘(くれはのしょう)と呼ばれた。この呉庭荘が鎌倉時代末期頃より池田と呼ばれるようになったと言われている。
南北朝時代には、摂津池田氏の居城池田城が築かれたが、戦国時代に廃城となった。1570年(元亀元年)、荒木村重が池田城から池田氏を追い出し、1574年(天正2年)、居城を伊丹城(有岡城)に移して以降、池田は商業都市としての性格を強めるようになり、なかでも池田炭の集散地と酒造の町として繁栄したそうです。
また、川西市 - Wikipediaによれば、
豆知識はここまでにしておきます。
阪神高速池田線で伊丹トンネルを抜けると、まず目につくのは池田線にこの辺りから沿って流れる
私がここを通過したこの時期の朝7:00には、朝日に照らされてよりいっそう美しい街並みに見えます。
ですがその美景は高速の側壁上のフェンスに阻(はば)まれて撮影には不向きです。
そのジレンマを抱えながらしばらく走るとすぐに川西小花ICが見えてきます。
そしてこのインターチェンジを過ぎる手前に一瞬視界を遮る側壁上のフェンスが途切れている場所があり、直接的に朝日に輝く山手の街並みが見えるのです。
山手の団地はいくつもの団地名に分かれているのですが、美しい街並みにふさわしい団地名の代表として花屋敷○○ヶ丘という団地が幾つかあり、この辺りを通る阪急電鉄宝塚本線には雲雀丘花屋敷駅(ひばりがおかはなやしきえき)という更に美しい名の駅があります。
伊丹トンネルの中
11月16日
伊丹トンネルを超えると
11月16日
11月17日
11月12日
兵庫県川西市の街並み
11月12日
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阪神高速池田線といえば、大阪市をぬけて神埼川を渡って豊中にはいる時。
150mくらいだけ兵庫県にはいりますね。
気がついてる人少ないでしょうね。
2015/12/16(水) 午後 1:11 [ bas**zara ]
bas**zaraさん
なるほど、今地図で確認しました。
加島から大豊橋の中間から二葉町に入ってしばらくですね。
どうしてこんな不思議な県境になったんでしょうね。
2015/12/16(水) 午後 7:06 [ 上から目線 ]