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〜主君の子を殺せず、わが子を身代わりに殺した藤原仲光親子の悲しい伝説〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!遠出編
今回も前回の川西市の九頭龍伝説に登場した源満仲にかかわる伝説です。
それは西畦野にある小童寺に残るとても悲しい伝説です。
そして末子である美女丸を僧侶にするため現在も宝塚市にある中山寺に修行に出します。
ところが美女丸は、僧侶になるのを嫌い武芸のまね事ばかりして、遊んで修行を怠るだけでなく、里の住民にまで悪行を働きました。
美女丸が十五歳になったある日、源満仲は修業の成果を尋ねました。
後にこのことを聞いた美女丸は、自分を悔い改め、厳しい修行にも耐え抜き、やがて源賢僧都(げんけんそうず)として広く指導する高僧となりました。
源賢僧都は自分の身代わりに命を差し出した幸寿丸のために、西畦野にある小童寺を開き長きに渡り保護しました。
小童寺
満願寺は、平安時代中期には源満仲がこの寺院に帰依し、以来源氏一門の祈願所として栄えた。
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北摂に住んでいたものです。あの謎の橋斜張橋やひとくらダム、満願寺、多田神社などなど、知っている地名やお写真ばかりで懐かしく、でも全然いろんなことを知らなくて興味深く読ませていただいてます。
満願寺もそんな謂われがあったのですね…子供の頃何もしらずに参ってました。あの辺は川西市の飛び地なのだと聞いたことがあります。だからわざわざ、その地区の子は川西市の中学校に通わなくてはいけなかったのを記憶しています。多田神社とつながりがあるなどで飛び地になったようです。記憶がさだかではありませんので間違っているかもしれません…。
2015/12/20(日) 午前 5:05 [ nak**sena*osu ]
nak**sena*osuさん
コメントありがとうございます。
私の出身地:住吉区と、現在の神戸まで、その昔、交易の摂津国としてつながっていたなんて、ほんと興味深いですね。
2015/12/20(日) 午前 6:22 [ 上から目線 ]