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〜初詣:国城神社下の三平稲荷神社に狐さんが居ない三平の名の由来は?〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!初詣2016編
前回は、私は心待ちにする『NHK大河ドラマ 真田丸』のお話で中断しましたが、再び和歌山県橋本市での初詣のお話に戻ります。
前々回では国城神社の二話目でした。今回もその続きです。
国城神社は、天照皇大神を本社とし、三宝大荒神、八幡大明神、春日大明神、愛宕大明神の五祭神(国城五社大明神)をお祭りしている神社だと一話目でご紹介しました。
天照皇大神については今さらご紹介するまでもないでしょうが、残る四祭神については後ほどなるべく分かりやすくご紹介できればと思っています。
さて、国城神社の長い石段を下り、駐車場まで来ると、左手には三平稲荷大明神の赤い鳥居が下り坂に幾つも立ち並んで参拝者を誘うかのようです。
国城神社の駐車場にあるマイカーに載り、立ち並ぶ鳥居をくぐり下ってゆくと、すぐに三平稲荷大明神が車窓越しに見え、その手前には少なくとも5〜6台は停められる駐車場があります。
その画像は以下にご紹介していますが、ここでおかしな点に気づきます。
それは、稲荷大明神といいながら、お稲荷さんには付き物のお狐さんの像がないのです。
有るのはこの中で本殿と思われる中に五つの祠(これは国城五社大明神でしょう)と、その本殿の右脇には石盤がご神体らいし付随する神社、それと金毘羅大権現の社と4対の石仏を祀る祠です。
ではお狐像の無い三平稲荷大明神とはなんでしょう?
何より三平稲荷の『三平』とは何でしょう。
調べた限りでは近隣に三平という地名はありませんし、ネット検索でも『三平』の名に由来する記述は見当たりませんでした。
当初、『三平』とは国城神社の世話役を担う3地区(清水・南馬場・西畑)を差すのかとも思ったのですが、それでは神社として本末転倒の名になる気がします。
本当のところは地元の人に聞けばよいのでしょうが、私は『三平』とは宗教的な意味のある名だと考え、調べてみました。
【『三平』の意味とは】
仏教の教えの基礎とは何かには以下のような記述があります。
仏教は、私達は今・ここで天国にいることができる、今生で幸せになることができる、と言うのです。仏陀の重要な教えはすべて、いかに悲しみから逃れるかという主題についてです。仏陀は、今生でそしてこの生を離れた後に行く別の世界で、いかに幸福を探したらいいかについて、三つの真理として知られているものがあります。それは次のようなものです。最初は、悲しみはすべてにやって来る。二番目は、永遠なものは何もない。三番目は、我というものでさえも常に移ろっている。これを苦(ドゥッカ)無常(アニッチャ)無我(アナッター)と呼びます。
以上の記述から、【『三平』の意味とは仏教の三つの真理から来る三つの苦しみから逃れること、つまり三つの真理が平穏であることを意味するのではないかと思うのですが、正解かな?
三宝大荒神、八幡大明神、春日大明神、愛宕大明神については次回に記します。
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