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〜真田丸:新府城が居城として必要となった時、武田家は終局に〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前回まででやっと武田家の館を本拠とした時代の話が終了しました。
武田信玄が死亡し、武田勝頼の代になって、館ではなく居城が必要となります。
「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵なり」と歌を詠んだとされる武田信玄は多くの有能な家臣を従え、戦国一の武将と呼ばれました。
しかし、織田・徳川の連合軍と対立し、長篠の戦いにおいて有能な家臣の大半を失ってしまい、信玄は病死します。
「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方」の全てを失った次代の勝頼は周辺諸国の強大な敵を前にして、丸裸どうぜんとなったのです。
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くわしい話をありがとうございます。
真田と武田 その家臣団 城 。よーくわかりました。
感謝です。
2016/1/16(土) 午後 3:51 [ ざしきわっぱ ]
ざしきわっぱさん
お役に立てて光栄です。
ドラマのに描かれている史実の意味を知れば、今後見る『真田丸』がもっと面白くなるはずです。
歴史が現代に何を語っているのか、括目しましょう。
2016/1/16(土) 午後 6:27 [ 上から目線 ]