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〜真田丸:幻の安土城の真実、外敵防御の要塞から逸脱した御殿建築へ〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
およそ武士という者は、戦いによって世をすべるもの。信長以前の武将は、その思いだけを持って武力の強化をはかり、その一環として城を築いたと言い切っても、さして問題はないと思われます。
そして信長もまた、戦いの場において天性の才を発揮し、圧倒的な強さを敵対する諸国に見せつけました。
しかし、言うまでもなくこの乱世の時代において知力をもって名をはせた武将は信長以外にも少なからずいました。
従ってそんな名将により築かれた優れた城も安土城以外にも存在し、攻防において優れた城は、得てして機能的な美しさをも兼ね備えているものです。
ですが安土城は、そうした城とは構想の段階から一線を画すものだったのです。
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今晩わ。安土城 素晴らしい日本初の天守閣城だったようですね。様々な歴史雑誌とかで復元のCGなどど再現された写真を見るにつけ 消失が非常に惜しまれます。
2016/2/25(木) 午前 3:42 [ kojimanikko ]
kojimanikkoさん
キリスト教を信仰していた信長は、信長以後は天守と呼んだものを、天主と名付けたようですね。
天下人の城が焼失することなく、後世に残る可能性は極めて少ないのでしょうね。
2016/2/25(木) 午前 6:37 [ 上から目線 ]