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〜真田丸:『秀吉の明国支配があれば、秀次や秀保は関白として』という仮説〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
『NHK大河ドラマ 真田丸』第27回放送『不信』では、秀俊が豊臣家から小早川家へと養子に出され、秀保が病死し、豊臣秀次が秀吉に対し不信感を抱き失踪し、次回作では自刃します。
秀次・秀保・秀俊の三人は、秀吉の子ではありませんが実の兄弟です。
しかし秀吉の実子として拾(後の秀頼)が誕生したことをきっかけに、上記のように秀次らの三兄弟の行く末は大きく変わってしまいます。
いったい彼らの将来はどのような理由で変わってしまったのでしょう?
もちろん秀吉の実子として拾(秀頼)が誕生したことに起因しているのですが、それだけでしょうか?
私には秀吉が明国の支配を実現していたなら三人の運命が大きく狂うことはなかったと思えます。
なぜか?ですって。
そのことを説明するために、まずは彼らの運命にかかわる出来事を以下のように順を追って書き出してみました。
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