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〜真田丸:幽閉地の九度山での真田親子を監視する竹本義太夫の謎〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
今回は『NHK大河ドラマ 真田丸』をご覧の方にはどうでもいいお話かもしれません。
家康により流罪となった真田親子が九度山での幽閉となったおり、これを監視したのはこの地を領地とする浅野家でした。
『NHK大河ドラマ 真田丸』第38回放『昌幸』では、浅野家の使者として九度山の真田屋敷に竹本義太夫という武将が登場します。
この武将の登場のおりの映像には、わざわざ字幕で竹本義太夫の名が示されたのですから、さぞかし歴史に名のある紀州浅野家の家臣であろうと誰しも思うところでしょう。
ですが「紀州 竹本義太夫」「浅野家 竹本義太夫」といったワードでは、検索に該当する人物は見当たりません。
ただし、竹本義太夫という人物は歴史上に実在します。ですがその人物は武将ではなく、活躍したのも真田親子が九度山に幽閉されていた頃より半世紀後のことです。
歴史上に実在する「竹本義太夫」という人物は、1651年に摂津国天皇村の農家に生まれた浄瑠璃語り(太夫)です。
竹本義太夫は、貞享元年に大坂道頓堀に竹本座を開場し、近松門左衛門昨の「出世景清」という演目を上演、義太夫がこれを語りました。
これを機に義太夫と門左衛門が提携した演目が上演され、それまでの浄瑠璃にはない革新的なもので、これまでの浄瑠璃を「子浄瑠璃」と称し、義太夫らのそれを「新浄瑠璃」と呼ぶよになります。
そして現在の人形浄瑠璃文楽座は、この竹本義太夫が開祖とされているのです。
ということで、戦国時代の浅野家とは全く関係がありませんよね、おかしいです。
ですが紀州浅野家の家臣の中には竹本氏という存在は確かにあったことが、武士の先祖探し・家系図作成 〜作成中〜 和歌山県に記されています。
ではありますが、竹本義太夫という武将はみあたりません。
そこで「三谷幸喜 竹本」で検索してみると、三谷さんの交友関係を示す竹本千歳大夫 プロフィール - あのひと検索スパイシーには、現在の人形浄瑠璃文楽座の太夫:竹本千歳大夫という方がおられるのです。
ということは、第38回放『昌幸』で竹本義太夫役を演じたのはその縁戚かと思いきや、宮下誠という方で、この方がまた何者なのかがわからないのです。
宮下誠 - Wikipediaには、今は亡くなられている日本の美術史家の方がおられるのですが・・・・。 と言う訳で竹本義太夫という武将の謎は深まるばかりですが、単純に考えれば三谷さんが文楽好きで、三谷文楽なるものも演出されているようですから、竹本千歳大夫さんとの交友と浅野家家臣の竹本家を結び付けた(連想した)結果、竹本義太夫なる架空の武将をドラマに登場させたのかもしれません。
ですがもしも竹本義太夫が架空の人物なら、わざわざ字幕に名を紹介しないでほしい。と、私は思います。
どうでもいいお話で恐縮です。
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