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〜真田丸:第42回放送『味方』では、大坂冬の陣前の幸村の微妙な立場を描き 〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
『NHK大河ドラマ 真田丸』第42回放送『味方』では、幸村の大坂冬の陣を前にしての大阪城での微妙な立場が描かれました。
過去に〜九度山町ぶらり:大坂の陣 序曲(幸村の戦いは軍議から)〜でもご紹介したように、流刑地である九度山を脱出し、大阪城に入城した幸村でしたが、そこには幸村に対する逆風が待っていました。
ただしその逆風は、今回のドラマで描かれたような後藤又兵衛を中心とする各地から集結した武将たちからのものではなく、大野三兄弟や秀頼の母:淀殿らからのものだったと伝えられています。
ともわれ幸村は一隊の長として待遇されるのですが、「所詮、浪人上がり」と見下されていたそうです。
「 『九度山町史』や『真武内伝』によれば、田所庄衛門らの地侍が加わっていたり、多くの兵が信州から来たとも言われ、幸村の人望が伺えます。
九度山を脱出した翌日の10月10には、大阪城に入城します。
この時、「のぼり、指物、具足、鎧、ほろ以下、上下ともに赤一色」だったと伝えられます。現在も語られる、赤備えの武者姿だったということですね。
そして迎えた秀頼は、幸村を歓迎し、勝利のあかつきには、五十万石を与えると約束したと言います。
対して幸村入城の知らせを聞いた家康は、「親か子か」と聞き返し、手のかかった仕切り戸がガタガタと鳴り響くほどに震えた様子だったものの、入城したのは昌幸ではなく、その子:幸村であることを聞くと安堵して、震えも止まったとも言われますが、チョッと眉唾ものの話のようにも思えます。」
とご紹介しました。
ですが『NHK大河ドラマ 真田丸』では幸村は、老人の姿で入城しましたね。
この老人の姿は幸村が九度山で暮らす内に老いた姿そのものだと伝えられますが、三谷さんはこれを変装だとすることで幸村の大坂の陣での活躍が若々しい幸村だったからこその活躍だったとして描こうとしています。
また今回のドラマでは、幸村に対する逆風は大野三兄弟や秀頼の母:淀殿らからのものではなく、藤又兵衛を中心とする主だった武将によるものとすることで、淀殿とのラブロマンス?や他の武将からの信頼を得るまでのストーリー展開が描きやすくしています。
アニメの『君の名は」』ほどの反響は得られないながらも、これまでのお堅い大河ドラマのイメージを一新するために、ラブロマンスや現代的な展開のテイストを加えることで、今まで大河ドラマに関心を見せなかった女子や若者にも受けるかたちでのドラマ展開を、三谷幸喜さんは狙ってると言えます。
そして史実では全く有り得ないと思えるほどの奇抜なドラマ展開は、そうすることでネット上での評価や意見の高まりも当然狙ってのことだと思えます。
私のここでの記述は、正に三谷さんの思う壺だとも思えますが、それも良しとしましょうか。
次回には今度こそ大坂の陣でのスペクタクルがガチで描かれるようで安心しました。
やはりこれまでの大きな合戦をあえて三谷さんが描かなかったのは、幸村不在の戦いを描く必要はないと考えてのことだったと思うことにします。
今後大坂の陣がどのように描かれるか、楽しみですね。
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