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〜真田丸:豊臣滅亡と幸村の死は、家康の企みに大野治長・治純の兄弟が〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前回は大野治長の弟:大野治房(おおのはるふさ 別名は主馬)についてご紹介しましたが、その中で治長には治房の他に豊臣方に治胤(はるたね)、と徳川方に治純がいた事もご紹介しました。
大野治長は言うまでもなく『NHK大河ドラマ 真田丸』における現在の最終章に入ってから、石田三成や片桐且元に替わって豊臣家の家臣の中でも筆頭の地位にあった人物でしたことが描かれています。
そして今回ご紹介するのは、大野治長と大野治純((はるずみ)についてのお話ですが、彼らの行いは結果的に豊臣方の敗戦を決定づけたとも言えるらしいのです。
すっごく興味が湧くお話ではありませんか?
それにはまず、大坂夏の陣での天王寺口の戦いのお話に言及しなければなりません。
当ブログでは過去に〜大坂夏の陣:天王寺口の戦い(幸村ついに死す)〜の中で幸村が最後を迎えるまでをご紹介しました。
このページの中で大野兄弟の行いによる影響から、豊臣家が破滅へと向かう出来事の記述を、抜粋してご紹介しましょう。
豊臣家が滅亡した大坂夏の陣も佳境に入った1614年5月7日、この日の豊臣方の作戦は、まず敵を四天王寺の狭くてゆとりの無い丘陵地に引きつけ、誘引されてきた敵を順次叩きます。
その後敵の陣形が伸びきって本陣が手薄になったところで、別働隊の明石全登を迂回して家康本陣に突入させ(あるいは別働隊が敵本陣の背後にまわったところで狼煙を上げ、それを合図に前後から敵を挟撃し)、家康を討ち取るというもので、具体的には、幸村が〈毛利勝永・大野治長・明石全登〉らと共に徳川方を待ち構え、敵の正面から真田隊が突撃し、混乱させたところで背後から〈明石隊〉が挟撃するというものだったそうです。
ところが、毛利勝永の隊による予期せぬ発砲によりこの作戦はことごとく失敗してしまいます。
〈毛利隊〉が〈本多隊〉と銃撃戦を開始した時、幸村もこれを止めさせようとしますが、一度始まったものは止まりません。
すべての計画が駄目になった幸村は、軍監(豊臣方の№3)の〈伊木遠雄〉に対して、「事がこの様にすべて食い違っては作戦が行えません。これはもはや我が命が終わる時である」と言い、息子の大助を秀頼の元へよこし秀頼の出馬を乞いますが、総大将の秀頼の優柔不断な性格が災いします。(一説には、淀殿に引き止められていたとも)。
そしてあろうことか家康からの講和の使者を受け入れたりなどして出馬しません。 秀頼出陣の願いが届かぬと見た大助は幸村の元へ戻りこのことを伝えると、幸村は秀頼の最後を見届けさせるために大助を再び大坂城へと戻し、幸村は正面の(松平忠直隊)に赤で統一した騎馬隊を率い、影武者を立て、少数精鋭部隊を自由自在に操りつつ突撃し、敵を撃破していったといわれます。
しかし、激戦の中、真田隊は力尽き、幸村は自害するべく安居天神にたどり着き、休息を取ろうとするのですが、そこでに討たれます。
以上の記述の中で重要なのは『すべての計画が駄目になった幸村は、軍監(豊臣方の№3)の〈伊木遠雄〉に対して、「事がこの様にすべて食い違っては作戦が行えません。これはもはや我が命が終わる時である」と言い、息子の大助を秀頼の元へよこし秀頼の出馬を乞いますが、総大将の秀頼の優柔不断な性格が災いします。(一説には、淀殿に引き止められていたとも)。』の部分です。
『豊臣秀頼はなぜ幸村の出馬要請に答えなかったか?』ここに大野兄弟による影響があったとも言われるのです。
大野治純 - Wikipediaには以下のような記述があります。
慶長19年(1614年)、大坂夏の陣が始まる前日に家康の命を受けて、闇討ちによって負傷していた兄・治長を見舞った。その際に大阪へ向かう前に家康から「真田信繁・長宗我部盛親らが内通している」という偽書を見せられ、その内容を兄・治長に伝えた結果、士気を高めるために予定されていた豊臣秀頼の出馬が、淀殿の意向によって急遽取り止めになり、秀頼は淀殿とともに大坂城で籠城し続ける事になったとされている。
つまり大野治純が家康の策略にまんまと乗せられて「真田信繁・長宗我部盛親らが内通している」という偽書の内容を大野治長に伝えたために、士気を高めるために予定されていた豊臣秀頼の出馬が、淀殿の意向によって急遽?(いや大坂冬の陣からずっとかな?)取り止めになり、秀頼は淀殿とともに大坂城で籠城し続ける事になったと言うのです。
とどのつまり、家康の策略によって操られた大野治長・治純の兄弟の行動によって、豊臣家の滅亡と、真田幸村の死は決定づけられた。???らしい。
知らんけど。
ただし、『NHK大河ドラマ 真田丸』での大野治純の登場はない気配です。・・・・なんでかなーっ?
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こんばんは。
真田丸も10月27日に撮影が終了し、放送もあと8回となりました!ドラマは佳境ですね!!上から目線さんの博学な登場人物解説は、色々知ると同時に真田丸への気持ちが盛り上がってまいります!
大野治純の登場はなさそうな感じですね。すると秀頼のろう城は三谷さんオリジナルシナリオの可能性も出てきますね。どう捻るのやら(笑)大阪冬と夏の陣をあと8回でどのようにまとめるかも気になりますね。今後のドラマ展開が楽しみですね♪
2016/10/29(土) 午後 7:04 [ 東天紅 晃 ]
> 東天紅 晃さん
あと8回の放送と改めて聞かされると、もう終わるのか。と思ってしましますね。
私は最終回でのきりの立ち位置が一番気になります。
結局きりという女性の存在は、幸村を生涯通して見届け、私達に伝える、水先案内人だったんですね。
2016/10/29(土) 午後 7:16 [ 上から目線 ]