|
〜真田丸:徳川秀忠の妻:江は時の天下人にほんろうされながらも懸命に生き〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
『NHK大河ドラマ 真田丸』第42回放送『味方』では、家康の後を継いで征夷大将軍となった秀忠の妻:江(ごう)が、秀忠に対して常に高圧的な物言いで秀忠を尻に敷いているような女性として描かれています。しかも江は秀吉が生前に政略的に秀忠へ嫁がせた側室です。
果たして江はドラマで描かれているような高慢(こうまん)な女性なのでしょうか?
思うのですが、豊臣家は滅んでいなかったとは言え秀吉の死後、既に天下は徳川のものとなっていたことは確かです。
であるならば、秀吉の命で秀忠の正室としたとされた江と秀忠の婚姻関係にはもはや政略的な関係を続ける必要性はなくなったと思えます。
なのに秀忠はなぜ江を離縁しなかったのでしょうか?
純粋に惚れていたからのでしょうか?という素朴な疑問が湧きます。
ドラマで描かれているように夫を尻に敷くような女性だったとするならなおさら疎(うと)ましく思うはずだと思えますから。
秀忠はなぜ秀吉の命で正室に迎えた江を秀吉の死後に離縁しなかったのか?の答えとして
秀吉の死後は、千姫(秀忠・江与の娘)が、秀頼と結婚してますのでこの段階で、離縁とか惨めな立場にはなりません。
豊臣家が滅亡した後は、江与の子供7人 すべてが誕生してます。跡継ぎの家光も誕生してますので、この段階でも立場は大丈夫と思いますが跡継ぎを産んでも、離縁されることもあることを 考えると 安心ではないですよね。 思うに、徳川家が将軍になって 豊臣も滅び 徳川を脅かすものはない・・となると、江与を離縁する意味もないです。 (上に誰かいると、「秀吉の養女なんて離縁しろ」とか言われてしまう場合ありですが) 離縁だけじゃなくて、蔑ろにされるパターンを考えても江与は跡継ぎを産んでるので そこまで、すごい状態にならないだろうし・・ 側室を許さなかった・・というのも、憶測になります。江与に力があるとか関係ない話かもしれません。 秀忠が、女性に淡白なだけ・・・とか。 「1人で十分だし。ゾロゾロ側室いなくても・・・」みたいな感じの。 秀吉や、豊臣家が健在だとしても 側室を持つのに憚りはないので 「秀忠が、女に淡白」そう考えると、江与の死後も 継室・側室が登場しないのも 頷けます。 まあ、これも想像ですが。 秀忠の逸話で、家康が側室を進めようと 美しい娘にお菓子を持たせ秀忠の元に行かせます。「大御所さまからの、贈り物です」という感じで。 秀忠は、お菓子だけ取って 娘を返した・・・という話。 やっぱり、女好きなら いくら嫁が恐ろしくても 当時の常識のような物で側室持つだろうし。 長くなりましたが淡白な上に、江与が十分魅力的なので こと足りる・・・ということで。 (子供の数からして、江与は魅力があったんだと思う) 他の答えとして於江に関しては、三度目の結婚ですね。最初の夫は、織田信長の甥に当たる佐治一成。幸せな結婚生活であったという話を聞いたことはありますが、小牧長久手で家康についたので、秀吉が怒り離縁させたといい、本人たちには関係なく無理やり離縁させられている上、今度は、秀吉の命で秀次の弟秀勝に嫁がされるも死別。そして、再び、秀忠と政略結婚をさせられているわけで。
という経歴を紹介した上で、
まあ、親が親なので、於江さん自体、まあ、見栄えもよかったのでしょう。でも、しっかり秀忠の子供を産み、育て、正室としての役目を十分に果たした上、このような不幸な人生を自分の意思とは無関係に送らされている女性を悲しませることも秀忠には出来なかったのではないでしょうか。しかも、彼は、自分の父親が年増好みとあり、色々と人妻に手を出していることなども見てきて、そういう意味で、潔癖な面もあったのかもしれませんね。
実は年上である事、三度めの結婚であること、等で控えめにしていた貞淑で物静かな人だったとの話しもあります。ティーンエイジが優しい年上の女性にのめり込むのは、いつの時代でも起こってますので、不思議な事では無いと思います。
などの答えが寄せられています。
一方で秀忠の側から見れば、
天正18年(1590年)、小田原征伐に際して実質的な人質として上洛して元服、秀吉の偏諱を受けて秀忠と名乗る。織田信雄の娘で秀吉の養女・小姫(春昌院)と祝言を挙げますが、秀吉と信雄が仲違いして信雄が除封されたことにより、離縁となってしまいます。
以上の記述からの想像ですが、
恐らく三度目の結婚で秀忠に嫁いだ当時の江は、秀吉の意向による輿入れであったことから、周囲に対しては高慢な態度をとっていたのかもしれません。
しかしそれまで結婚が戦国時代のほぼ全ての姫がそうであったのと同様に、信長、秀吉という天下人の意向で嫁ぎ、一度目は無理やり引き裂かれ、二度目は死別して後、輿入れした徳川家は、天下をほぼ手中にしていました。
思うに江は、全ての結婚生活で懸命に良き妻でありたいと努めていました。
しかし三度に渡る天下人からの命による結婚で、天下人の力がいかに強大で、誰もが贖えない存在であることを目の当たりし、自らも骨身に染みる体験をして来ました。
ならば女性として天下を取るということは、秀忠を立派な将軍とするために努めることと悟り、秀忠に対して高圧的に接することで秀忠を鼓舞すると同時に、プライベートでは年上の利を生かして秀忠をリードして7人の子を設け、完全なる徳川の世となった後は、優秀なる我が子:家光を次期将軍とすることに努めたのではないでしょうか?
戦国の世に、自身の意志に反して時の権力者に翻弄されて三度もの輿入れをしなければならなかった江、しかしその終着点は二代将軍の妻であり、後に三代将軍の生母として絶対的な女性としての座を得ました。正しく女天下人です。
戦国時代の女性としては、波乱万丈の半生の後に辿りついた悔いのない人生だったと言えます。
ですが一人の女性としては思い人と添い遂げられなかったという点ではどうだったのだろう?
そんな疑問もわきますが、戦国時代はそうしたことを許さない時代でした。
女性として、妻としては不本意な思いは有ったとしても、母としては、この上ない幸せな人生だったと言っていいのではないでしょうか。
江について特筆すべき事柄は他にも有ります。江は現在の天皇、昭和天皇の先祖だというのです。
崇源院 - Wikipediaによれば、
江戸幕府第3代将軍・徳川家光の母であり、第108代後水尾天皇の中宮和子の母で第109代明正天皇の外祖母である。一方、家光、豊臣秀勝との間の完子、および秀忠との間の勝姫からは大正天皇の貞明皇后に連なる。従って第124代昭和天皇の先祖となる。と。
これは私的には、また一つ現天皇に対する見方が変わる事実です。いい意味で?それとも悪い意味で?それは秘密です。
男目線で見れば、『NHK大河ドラマ 真田丸』で描かれている江は、いただけませんがね。
ちなみに新妻聖子さんは、日本のミュージカル界では知らない者はいない活躍のスター女優だそうです。
新妻聖子さん演じる江(ごう)
見るからに怖そうな女性です。
新妻聖子さん
本当はこんなに綺麗で優しい笑顔の女性なんですね。
|
全体表示
[ リスト ]





