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〜旧我家解体記:自力解体を決意した理由と2月14日の段階での解体状況〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!旧我家解体記編
おそらく、当ブログをご覧いただいて、『旧我家解体記』というタイトルを目にした時、多くの方は、
1. なぜわざわざ自宅を自らが単独で解体する必要があるのか?
2. 自宅を売却するならなぜ古家が建ったままで売らないのか?
という疑問を持つかもしれません。
それに今時、重機も使わずに人力で大ハンマー・大バール・鶴嘴(つるはし)などでの解体などまずありません。
そうしたご不信は極めて御もっともです。お答えしましょう。
一つ目のなぜ自力解体したのかと言えば、理由は簡単です。
解体費用が大変高額であり、私にはその費用が無かったからです。
私の自宅で言えば、建坪が約22坪の平屋だったのですが、2階建ての倉庫(建坪5坪弱)もあり、庭はコンクリートで固められていました。
これを解体業者に頼めば、恐らく100万円以上かかるのではないかと思われます。
加えて、2015年の5月に堺市の我家を出て引っ越した当時は、旧我家を古家が建ったまま売りに出すとすれば、現在の更地の価格:1080万円の約半額程度に売れれば良い方ではないかと町内に住む自宅の評価額を不動産業者に見積もってもらった経験のある方から言われたからです。
しかも旧我家は、玄関を開けるとその真正面にお風呂場の出入り口があるという最悪の間取りで、建物も相当な歪みが生じていて、襖を閉めても下部に隙間が空いたままとなる有様だったため、とてもこのまま売れるとは思えなかった。
以上のことが、古家つきの物件として売れず、自力解体を決意した理由です。
仮に旧我家が更地にしても500万円ほどでしか売れず、解体代に100万円以上がかかったとしたら、それが売却出来ても手元には300万円ちょっとしか残らないことになります。
「それは余りに少なすぎる手取り・・・・ならば自力で、平屋なら何とか解体できるだろう。たぶん。」そう私は浅はかに考えた訳です。
結果論で言えば、一人だけでの解体には想像以上の苦労と、日数と、経費と、知恵を絞り出す必要があったのですが、空家にしてから約1年半を経過して更地として売り出したことで、この間に不動産への需要と価格が上がったらしく、ケガらしいケガや体を壊すこともなく、お隣さんへの破損賠償もなく、苦情ももちろんなく、ここに至ったことは、結果オーライだったと言えます。
さて、〜旧我家解体記:旧我家の2月12日の段階での解体状況です。〜では、家の西面の外壁の解体を段階的にご紹介しました。
この西面のモルタル壁と野地板をはがし、生じたガラ(廃材)を袋に入れたり、かたづけたりするのに、およそ3日間かかっています。
お隣の壁をいためないようにシート養生をしての作業であり、上部の壁は、狭い路地での脚立に登っての不安定な作業でしたからね。
特に軒先裏のモルタルをはがす時は、顔に誇りや破片が落ちて来る中、鉄の長くて重い大バール(大きな釘抜き)ではがす作業が特に大変で時間もかかる工程でした。
続く2月16日には、西面(家の裏側)の外壁のモルタルをはがし、残材をかたずけ終えるのに2日を要し、その下の野地板をはがすのに更に2日を要しました。
地面が水平ではなかったために、脚立の脚部にかまし物をしなければ、垂直に立てることができなかった事も時間を要した理由ですが、窓の前面に、防犯のために取りつけられていた鉄やアルミの格子を外したり、窓の上に有る庇の上部にあるトタン板をはがすのにも苦労しました。
2月12日の解体状況
北面(家の裏)の外壁のモルタルをはがした状態
巾2メートルの出窓があるのは台所の外壁
外壁の下部を巻くように設置されているガス管がまた作業の邪魔に。
ガス管を分解するにはパイプレンチという特殊で高価な工具が2個必要ですが、
最終的にガス管の分解は、ガス会社に勤める弟にやってもらいました。
福屋不動産販売での当物件のページ↓
所在地大阪府堺市中区八田北町
交通泉北高速鉄道 深井駅 徒歩24分
阪和線 津久野駅 バス乗車10分 八田荘停歩3分 土地 107.33m²(32.46坪)公簿
建蔽率 60%
容積率 200%
物件No.20000904912
【セールスポイント】
南向き・間口が広い・車が通り抜けない
南紀、神戸、関空、奈良、京都へと繋がる高速道路のインターがすぐ近くにあるということです。
阪神高速湾岸線へと繋がる泉北有料道路(通称百金高速)や、近畿道、阪和道の入り口が歩いてでも行ける距離にある。
レジャーに出かけるには持って来いの立地条件ですよ!
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