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〜真田丸:真田丸の戦いでの『NHK大河ドラマ 真田丸』と史実との違いを比較〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前ページの〜真田丸:信吉は松の知らせで豊臣方の幸村を知った?でなければ何時?〜では、家康の命を受けて真田信吉が大坂へと出陣する際、どのタイミングで豊臣方に叔父である幸村(信繁)がいることを知ったか?について考えてみました。
今回は『NHK大河ドラマ 真田丸』において最も重要な戦いとなった真田丸の戦いが、第45回放送『完封』で描かれたストーリーと史実として伝えられる戦いの様子とを比較してみたいと思います。
まず『NHK大河ドラマ 真田丸』第45回放送『完封』では、まず豊臣方の真田幸村(信繁)が大坂城の出城である真田丸から南側に主力軍を配置して広がる徳川の大軍を挑発するために、嫡男:大助(幸昌)を初陣として出動させて高砂を敵前で踊って見せます。
この挑発にまんまと乗ったのが前田勢でした。
前田勢は大助の隊が意図的に背走する後を追って真田丸まで誘い込まれます。
更に後に続く井伊勢が手柄を上げんがために前田勢に負けじと突き進んできていたために、両軍勢は真田丸へと前進するしかなくなります。
一方真田丸内では、真田の忍者である佐助が幸村(信繁)の合図を受けて内紛が起きているかのように見せかけて爆弾を暴発させます。
この爆発を見てとった前田勢は、これを攻め手にとっての好機と見て、一気に真田丸へとなだれ込もうとしますが、迎え討つ真田軍は、これを二段構えの鉄砲隊や岩を落とす攻撃により完膚無きまでに討ち崩して行き、前田勢・井伊勢が敗走するのを見てとった幸村(信繁)の手勢は真田丸より打って出て残存兵を次々と討ち取って行きます。
かくして真田勢は、大勝利をおさめるというのがドラマ上のストーリーです。
では実際はどうだったのかと言うと、真田丸の戦い - Wikipediaによれば、
豊臣方が大坂城付近の砦を放棄して城内に撤収した後、幕府軍は大坂城を包囲。真田丸正面には前田利常率いる兵12,000の他、南部利直、松倉重政、榊原康勝など数千、八丁目口・谷町口には、井伊直孝の兵4,000、松平忠直の兵10,000、他数千が布陣。
真田丸の戦いにおける豊臣・徳川両軍の布陣
(一言:豊臣方の大阪城内の内通者は、有楽斎と言うより南条元忠だったんですね。有楽斎が内通者ではないとも言いませんがね・・・・・。)
南条は城内で切腹させられたが、豊臣軍は南条が引き続き内応しているように見せかけ、逆に嘘の情報を流し、幕府軍を欺きます。
12月4日(1月3日)、前田勢は、篠山からの妨害に悩まされていたため篠山の奪取をもくろみ、前田勢の先鋒本多政重、山崎長徳らが夜陰に乗じて篠山に攻め上がったが、真田勢は城内に撤収しておりもぬけの殻でした。
そして夜が明けると、前田勢を真田勢が挑発します。
その挑発方法ですが、真田丸とは 日の本一の武将の意地を掛け本気で挑んだ真田魂 ...によれば、
(一言:前田勢への挑発は大助による高砂の踊りではなく、真田の兵による直接的な嘲笑や愚弄によるものだったんですね。)
前田勢は挑発に乗り、真田丸に突撃。真田勢は前田勢が城壁に十分近づいた所に火縄銃で射撃を行います。
前田利常は、将達が命令なく攻撃して軍が損害を被ったと怒り、兵を撤収させようとしますが、前田勢の攻撃を知った井伊、松平勢もそれにつられる形で八丁目口・谷町口に攻撃を仕掛けていました。
従って真田丸への進撃は後から後からへと続き、先に攻めて大損害をこうむった、前田勢の敗走もままならなかったと思われます。
この時、大坂城内で火薬庫が誤って爆発する事故がおこったが、その音を聞いた幕府軍は南条の内応によるものと勘違いし、さらに激しく攻めかける結果となります。
(一言:爆発は大阪城内での偶発的なもので、真田丸内で佐助が意図的に爆発を起こしたのではなかったのですね。しかも徳川方はこの爆発を前もって調略により徳川への内通者としていた南条元忠によるものだと勘違いしたのですから、これぞ策士策に溺れるですね。)
豊臣軍は、城壁に殺到する幕府軍に対しここでも損害を与えます。
これらの惨状を知った家康は真田丸に対峙する各大名勢に退却を命じます。
しかし、竹束や鉄楯を持たずに攻めてしまっていたため、敵の攻撃に身動きがとれず退却は難航、15時をすぎるまで完了しなかったとされます。
退却後、家康は各将を呼んで軽率な行動を叱責し、以後、竹束・鉄楯を必ず使用するよう厳命したのです。
この真田丸の戦いにおける徳川勢の大敗は、『NHK大河ドラマ 真田丸』の中で開戦前の幸村(信繁)が言ったように、徳川の兵のほとんどが、正に戦場を知らない烏合の衆であったことを如実に物語る戦いだったといえるでしょうね。
(一言:このように、真田丸の戦いでは徳川勢は大きな代償を払うことになりましたが、これで徳川勢も一つ賢くなりました。一兵卒に至るまで、骨身に染みて。) 真田丸より打って出た真田幸村(信繁)
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