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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜真田丸:大坂冬の陣での着弾した砲弾の重さ・大きさ・射程距離を具体的に〜
   サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編          
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『NHK大河ドラマ 真田丸』第46回放送『砲弾』では、家康が真田丸の戦いでの大敗に懲りて、無暗に大坂城を攻めることを止め、白兵戦ではなく、調略などの心理的なダメージを狙ったあの手この手を使って、豊臣方が和睦交渉に応じるようにしむけます。

この一連の心理的な攻撃は、エゲレス制の大砲が到着するまでの場繋ぎのようなものでしたが、場繋ぎで豊臣方が落ちれば勿怪の幸いではあるのです。
ですが豊臣方もおバカばかりではありません。
鬨(とき)の声・信尹を使っての幸村(信繁)の調略・徳川の内通者である有楽斎を使っての和睦への誘導、そのどれもが結局は不発に終わります。
しかし、ドラマのエンディング直前、一発の砲弾が天主閣のテッペンにある金色の鯱(しゃちほこ)を直撃します。
天守閣の廊下を歩いていた淀殿と侍女たちはその砲弾が当たった轟音に驚きますが、その音の正体すら分からず、立ち止まります。
そして砲弾の音が鳴って数秒の後、鯱(しゃちほこ)が廊下の屋根を突き破って侍女二人の頭上に落下し、絶命してしまいました。
以上が第46回放送『砲弾』で描かれた、大筒の玉が大坂城に着弾する経緯です。

この大阪冬の陣における大筒については、当ブログでも以前〜大坂冬の陣で使われた大筒の入手経路や威力は?において既にご紹介しています。
その記述の中では、
「・・・・・当時の大砲は、約4キロの鉛玉を1.5キロほど飛ばすだけのものでしたが、城内にいる者に与える心理効果は絶大なものがあり、そのうちの一発が、淀殿の居間を直撃します。
ものすごい大音響が鳴り響き、彼女の側にいた侍女8人が即死してしまいます。・・・・・」とご紹介しました。

今回はそうした記述をより具体的に、分かり易く説明したいと思います。

先ずは大筒の砲弾の重さについてです。
いったい4キロの砲弾とは具体的にはどのようなものでしょう。
調べてみるととても分かり易い例がありました。
それは陸上競技の砲丸投げで使う砲丸です。
砲丸投 - Wikipediaによれば、
砲丸投げ競技でつかう砲丸は、
一般男子:7.260kg(16ポンド
一般女子:4kg
高校男子:6kg(旧12ポンド=5.443kg)
高校女子:4kg
中学男子:5kg(旧4kg)
中学女子:2.721kg(6ポンド)
世界ジュニア規格男子:6kg
世界ユース規格男子:5kg
だそうです。
つまりこれで言えば、一般女子及び高校女子の競技で用いられる砲丸が、丁度大坂城に命中した砲弾とほぼ同じ4㎏なのです。
そしてその大きさは?というと、直径9.5cmから11cmだそうで、素材としてはほぼ鉄だと思っていいようです。
念のために言っておきますが、当時の砲弾は、現代のような爆裂弾、つまり砲弾が着弾と同時に破裂する火薬の入った砲弾ではなく、正に球形の金属塊だったのです。

イメージ 1
砲丸投げの女子選手

ですが〜大坂冬の陣で使われた大筒の入手経路や威力は?での記述をよく見て下さい。
大筒の砲弾は鉄ではなく、鉄より比重の重い鉛で出来ているのです。
ということは、上の写真に写る女子選手が持つ砲丸よりさらに小さいと言う事です。

そこで次に大筒の砲弾の大きについてですが、
「戦国時代末期「大阪冬の陣」で、淀殿のいる櫓を破壊し、女中が死亡した有名な実例でご紹介します。
まず、大砲(大筒)のサイズですが、家康公が堺の鉄砲鍛冶・芝辻理右衛門に命じて造らせたのが「芝辻砲」と言われる1貫500匁玉砲です。
砲身の全長3.13m、砲口部直径32.7cm、口径9.5cmというものでした。
「?」と思いませんか? 大砲(大筒)と言う割には随分と小さなものでした。
確かに砲身自体の直径が32.7cmと、ある程度納得はできますが、
口径9.5cmとは・・・。
事実、当時の鍛造技術ではかなりの「肉厚」の砲身でないと
危険があったわけですね。(大きな円の中心に小さな円がある様なもの)
弾丸のサイズは、直径9cm、重さ1貫100匁(4.1kg)の鉄球或いは鉛玉ですので、・・・・・」
とあります。
ということは、砲弾は鉛とは限らず、鉄の場合もあったんですね。
ですが砲身の口径が9.5㎝である以上、鉄であろうと鉛であろうと、砲弾の直径は必然的に口径よりやや小さい9cmとほぼ決まってしまいます。
つまり、女子の砲丸投げの砲丸よりやや小さいということですね。

次に大筒の射程距離ですが、
〜大坂冬の陣で使われた大筒の入手経路や威力は?には「・・・・1.5キロほど飛ばす・・・」と記しましたが、
「射程距離の実態は不明ですが、前記の大阪城への砲撃は700mの距離から撃ったとされていますので、実際にはもう少し(あと2〜300m位)は有効射程距離としてあったと思われます。」
とあります。
なのでコンスタントに撃てる射程距離は、1㎞前後なのかもしれません。

次に威力ですが、これについては定かではないようです。
「直接」当った物体を破壊するか、精神的にダメージを与えるか程度のものだった様です。
但し、一説によると、その弾丸を真っ赤になるまで焼いてから撃ち、「火災」を起こさせることもあった様です。
皆さんのイメージを壊してしまう様ですが、これが大砲(大筒)の実態でした。」
と文末を括っています。
つまり大筒といういかにもご大層な名前から来るイメージとはほど遠い威力だったということなのです。
ですが〜大坂冬の陣で使われた大筒の入手経路や威力は?でも記しているように、記録によれば、侍女8人が即死してるそうなのです。

ですが、果たして第46回放送『砲弾』で描かれたように、天主閣の鯱(しゃちほこ)に命中することで、侍女8人が即死するほどの威力を発揮するものなのでしょうか?

金鯱 - Wikipediaによれば、当時の大阪城の鯱は、金鯱(金箔押鯱瓦)だったようです。
ですが重さや大きさについては調べがつきませんでした。
なので他の城の鯱(しゃちほこ)について調べてみると、
鯱(しゃちほこ)の大きさは、
熊本城   高さ120cm、 重さ100kg (熊本地震で新造されたもの)
姫路城    高さ約187cm、重さ約296kg
名古屋城  高さ約260cm、重さ約1200kg
ということで、姫路城の金鯱は、熊本城の鯱(しゃちほこ)の10倍以上の重さがあるようです。

仮に豊臣時代の大阪城の鯱(しゃちほこ)が、100kg だったとしても、それが天主閣のテッペンからその下にある建物に落下すれば、屋根を突き破って部屋や廊下にいる人々を直撃する可能性が十分あります。

ただし、現在の瓦製造技術は、当時のそれより遥かに軽量に造ることができます。
なので今年造られた熊本城の鯱(しゃちほこ)よりも、当時の大阪城の鯱(しゃちほこ)の方が遥かに重いものだったと思われ、恐らく姫路城の鯱(しゃちほこ)と同等の重さはあったと思われますので、
それが落下したなら、天主より低い建物にいる人々を幾人も殺傷する威力は十分すぎるほどあったでしょう。
例えは悪いかもしれませんが、仮に大坂冬の陣で砲弾が天主の鯱(しゃちほこ)に当たったのが事実だとするならば、それは例えて言うなら、
お祭りの出店でコルク鉄砲を、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで、たまたま当たったのが大きな陶器人形で、それが落下して下にある物を、木っ端微みじんに砕いたようなものだたったといえるでしょう。
恐らく屋根に砲弾が直撃しただけでは、大した被害を与えなかったと思えます。たった4㎏の砲弾では。

ところで第46回放送『砲弾』では、あたかもエゲレスより輸入した最新鋭のカルバリン砲の砲弾が大坂城に当たったかのように描かれましたが、ウィキペディアの記述によれば、そうではないようです。

イメージ 4

イメージ 2
現代の大阪城の金鯱

イメージ 3
カルバリン砲

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