|
〜直虎:徳川家康の正室となる娘を生んだ佐名姫(ドラマ上の名)の実像とは〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第3回放送『おとわ危機一髪』から登場した井伊直平の娘:佐名姫は、ドラマ上ではかつて井伊家を救うために今川家へと人質として送られ、その美貌からやがて今川義元のお手付きとなった悲運の姫として描かれました。
第3回放送『おとわ危機一髪』では、かつての佐名姫と同様に、おとわが今川領の中心地である駿府へと人質として出向いたおり、佐名姫とその娘:瀬名に出会いました。
第3回放送『おとわ危機一髪』で描かれた瀬名姫はまだ幼く、おとわと同じ年頃で、今川義元の嫡男:氏真の妻になることを夢見る純心な少女として描かれましたが、それから10年後を描いた第5回放送『亀之丞帰る』では、氏真に北条家の姫が嫁ぐ事が決まり、瀬名姫の幼い頃の夢は破れ、今川家中において取り残される中、当時はまだうだつの上がらない若者にしか見えない竹千代(後の徳川家康)が、瀬名姫の姿を遠くから見つめる者として登場しました。
どうやら竹千代は、密かに瀬名姫に思いを寄せていることを描いているようです。
実際に歴史上では、本名は不明ですが後に家康の正室:築山殿となる女性こそこの瀬名姫だとされているそうです。
瀬名姫は今川家の妻となれなかったことが、幸運だったのかもしれません。
江戸幕府の開祖となった家康の正室が、どのような女性だったかについては、大変興味の持たれるところですが、その実像を探る前に、まずは彼女の母である佐名姫について知る必要があるでしょう。
戦国時代の世を今に伝える古文書においたは、常に女性の素性を伝えることは主眼に置かれていないことから、例え歴史上に名を遺す武将の正室であってもその生い立ちは概ね不明で、徳川家康の正室となった瀬名姫ですらそうなのですから、その母の素性も本名も当然のように不明です。
ですが『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』では、佐名姫は井伊直平の娘という設定で描かれました。
築山殿 - Wikipediaによれば、
「築山殿の母は今川義元の妹で、つまり義元の姪にあたるとされるが、「井伊年譜」や『系図纂要』『井家粗覧』の系図によれば、実は井伊直平の娘で、今川義元の養妹として親永に嫁したとされる。」と記述されています。
また、井伊直平 - Wikipediaによれば、
これを『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』で描かれた通りに佐名姫の生い立ちを推察すると、佐名姫は井伊家存続のために当時の井伊当主の直平のもとから今川へと人質として差し出され、今川義元のお手付きとなって義元の側室になります。
しかし義元にとって佐名姫は一時の慰み者でしかなく、やがて今川の家臣である関口親永に下げ渡されてその者の妻となり、その結果生まれたのが瀬名姫だったといういかにも悲しい半生を過ごしたということなのでしょう。
ですが佐名姫が井伊直平の娘であったというのは、あくまでドラマ上の設定です。
佐名という名もまた同様、ありていに言えば名も知れぬ女性だったと言えるのですが、築山殿 - Wikipediaによれば、、「井伊年譜」や『系図纂要』『井家粗覧』の系図によれば、井伊直平の娘で、今川義元の養妹として親永に嫁したとされるのです。
このように、古文書(史書)によって伝えられる瀬名姫の母(ドラマ上では佐名姫として登場)は、井伊直平の娘とされる記述もあるものの、今川義元の側室であったとか、井伊家より人質として今川家に差し出されて義元のお手付きとなったとの記述は無いようです。
ですがこれまで戦国時代を描いた時代劇や大河ドラマがそうであったように、今回の『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』においても、今川義元は悪役の武将として描かれています。
従ってそのような義元なら、井伊家の姫をただ自身の養女とし、家臣である関口親永に嫁がせたとするより、まずは己のものとした後に家臣に下げ渡したとすることで、佐名姫の悲運と義元の悪のキャラクターを際立たせた脚本を描いたと言えるのでしょう。
果たして瀬名姫の母の名は?その実像は、どのような女性だったのでしょう?
私的は、生か死かの戦いが日常だった戦国時代において、瀬名姫の母は、正しくこのドラマで描かれた通りの半生を生きたのではないかと思えます。
ただし、瀬名姫の母の素性を井伊本家の姫(井伊直平の娘)としたのには、後に徳川四天王の1人となる井伊直政を輩出した井伊家と、後に徳川家康の正室となる瀬名姫の素性を由緒正しいものとするための作為的な伝承だとも思えます。
皆さんは、どう思われますか?
ちなみに佐(サ)とは - コトバンクによれば、佐名姫の『佐』という文字には、
という意味合いがあるそうです。
つまり『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』における佐名姫は、悲しい運命に翻弄され、このような定めを背負わされた事で心の奥底では井伊への恨みも抱きながら、それでも井伊家の窮地を見過ごす事は出来ず、文字通り我が身を犠牲にしながらも井伊家をわきで支え助ける悲しくも優しい女性として描かれたのです。
言い換えれば、今回の脚本を手掛けた森下佳子さんには、そうした意図があって、直平の娘の名を佐名としたのではないでしょうか?
花總まりさ演じる佐名姫
|
全体表示
[ リスト ]







