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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜直虎:南渓和尚の語った趙国の王である道威にまつわる昔話は架空?
       サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編          
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『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第6回放送『初恋の別れ道』では、「還俗など容易いのにのう、我が井伊家の娘でさえなければ。」と直親と夫婦になるかどうかを悩んでいる次郎法師の前に南渓和尚が現れ、酒徳利・饅頭・杯を取り出して中国の昔話を始めます。
ところがこの南渓和尚が語った中国の昔話が実際にあるのかと思いきや、どうやらドラマ上の作り話らしく、趙の王、道威どうい)と大臣、中と伯について - 歴史 ...には以下のような質問と解答が寄せられていました。
(質問)
NHK大河ドラマ、「女城主直虎」の本日(2017/2/12)の放送のことです。
南渓和尚は古代中国の趙の国の話を聞かせます。「道威(どうい)という王に、甲乙つけがたい2人の大臣、中と伯がいました。ある争いから、王はどちらか一人を追い出さなくてはならなくなりました。そこで道威は2人にそれぞれ2個づつ饅頭を渡します。中は一個は自分で食べ、もう一個は腹の空いた子供にやった。伯は1個は自分で食べ、もう一個は大事に持ち歩き、いつの間にかカビさせて食べられなくなりました』
これを聞いた次郎法師は、伯より中の方が大臣にふさわしいと思いますが、道威が大臣に選んだのは伯と聞いて悩み、ある結論を出します。

質問1. 甲乙つけがたい2人の大臣を、中と伯と漢字で書いていましたが、これは伯仲という言葉もあるように「中」ではなく「仲」ではないでしょうか?

質問2. この話の出典は何でしょう?”趙”、“道威”、”伯”で検索してもNHKの話しかヒットしません。

(アンサー1)
質問1. 甲乙つけがたい2人の大臣を、中と伯と漢字で書いていましたが、これは伯仲という言葉もあるように「中」ではなく「仲」ではないでしょうか?

 はい、そうだと思います。
 http://gogen-allguide.com/ha/hakutyuu.html

質問2. この話の出典は何でしょう?”趙”、“道威”、”伯”で検索してもNHKの話しかヒットしません。
 下記に道威、という王様も、主要家臣の中に、中と伯の名もありません。南渓和尚か日本放送協会にお聞きになるのがいいと  思います。
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%B5%E5%9B%BD

(アンサー2)
(1)すいません m(__)m 大河ドラマ;『女城主 直虎』を拝見しているものですが,私も,疑問に思い,Web上で,古代中国の国;趙(前趙,後趙)などについて,調べましたが,大河ドラマ上の,小林薫さん演じる和尚さんのセリフにあるような,趙の国の道威王や,大臣の,伯や仲(中)という方は,居ませんでした..多分,質問者様のおっしゃるように,実力伯仲のような,四字熟語の転用だと思われます..又,趙の時代の王様にまつわる逸話に,饅頭が,出て来るものは,無さそうですので,大河ドラマ上の創作だと思われます..和尚さんの謎かけのようですね・・・・

あっ、南渓和尚の語った肝心の昔話を紹介しておかなければなりませんね。その内容は以下の通りです。
「むかーし、趙(ちょう)という国に、道威(どうい)という王がおってな、道威のもとには、中と、泊という二人の大臣がおった。ある時争いごとが起こってな、どちらを追い出すかを決めるために、中と泊にそれぞれ二つの饅頭を差し出したのじゃ。二人ともその場で一つずつ食べ、中は残りの一つを腹の空かした子供にやった。泊は、それを後生大事に持ち続け、とうとうカビさせて食えぬようにしてしまった。さて、その後道威は、どちらに大臣を続けさせたかのう?」

さて、先に示したネット上のページから、この南渓和尚の昔話は、どうやら「実力伯仲」の「伯仲」という言葉から創作したお話だはないかということが読み取れます。
なので「実力伯仲」の語源を調べてみました。

伯仲はくちゅう) - 語源由来辞典によれば、
伯仲の「伯」は中国では兄弟の序列で最年長の人をさし、「仲」は兄弟の序列で中にある人、つまり次兄ををさすそうです。
従って「伯仲」は本来長兄(長男)と次兄(次男)を意味するものですが、この二人に大きな差がないことから、力が接近して優劣がつけられない状態を「伯仲」と言うようになったそうです。

つまり南渓和尚は、王様が優劣のつけがたい二人の大臣を試すために饅頭を二つずつ与え、その行動を推し量ったという例え話として語ったのですが、その結果王様は、、残りの饅頭を後生大事に持ち続け、とうとうカビさせて食えぬようにしてしまった泊を大臣として使ったのですが、その理由はこの後のドラマ展開の中で導き出されるのですが、、要するに結果として残った饅頭をカビさせてしまったものの万が一(有るかどうかは分からないが、もしもどうしても饅頭を必要とする事態)のためにそれを残しておいたことで、窮地を脱する事態を回避できる可能性を残すことは、生き残りの備えとして有効であり、無駄は無駄ではなかったということを和尚は次郎法師に謎かけをしたのです。

禅僧の説法とは言え、回りくどい話だとは思いますが、あえて直接的な答えを言わなかったことで、次郎法師に直親と夫婦になることについてよくよく考える時間を与えたということなのでしょうね。
井伊家の一女たるおとわに、当主となる者の幼名である「次郎」という名を冠した法名が与えられたことの意味の重たさを知らしめるために。
次郎法師に南渓和尚はそれほどの器量を見出し、以後の井伊家にとってその素養が必ず必要となる日が来ることを予期したからこそ。
つまり次郎法師は、井伊家にとってはその窮地に際する取って置きの饅頭だったのです。
にしても、可愛そうなおとわ。と、第三者は思いますが、彼女はそれで本望、幸せな生涯とおもったのでしょう。たぶん。

ちなみに、 (戦国) - Wikipediaによれば、
「趙という国に道威という王は見当たりませんが、周の穆王に仕えた名御者・造父が趙城に封ぜられたのが趙氏の始まりと言われている。」という記述があり、国の分封者として32代王威烈王の名があります。
威烈王春秋時代王朝第32代の王で、その頃周王朝が衰退し、王朝として存続できなくなったために、有力な家臣である大夫韓虔趙籍魏斯をそれぞれ韓侯、趙侯、魏侯に封じ、三家分晋と称される冊封を行った。これにより王朝の時代は終りの時代になりますが、それは中国における戦国時代の始まりだったのです。
もしも威烈王南渓和尚の言う道威ならば、三家分晋を行った際に、その傍らには、有能な大臣として伯に相当する人物がいたのかもしれません。知らんけど。

ですが、(イ)とは - コトバンクによれば、
威の文字には、
自然に人を従わせるような厳かさ。威厳。
人を恐れさせる強大な勢力。武威。「虎の 威 を借る狐」
という意味があります。
ということは、和尚は次郎法師に自然に人を従わせるような厳かさ、威厳、を示す道を説いたという作り話なのかも?
今回の脚本家は、どうやら漢字の意味に拘る方のようですね。

イメージ 1
小林薫さん演じる南渓和尚

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