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〜直虎:『検地がやってきた』では、直親・しの・次郎・政次の思いが交錯し〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第7回放送『検地がやってきた』では直親が帰参し、
奥山朝利の娘:しのとの祝言を挙げたことにより、直親の帰参と井伊家の相続を今川義元に対し許しを請います。すると義元は、井伊の領地を検地することを通達します。
しかし井伊家には領地として他に知られていない豊かな収穫と、いざという時の避難地となる隠れ里があり、検地によって今川にこの隠れ里を知られることは、井伊の命運にかかわる重大事でした。
そこで直親は、検地に際しても隠れ里の存在を隠し通す決意をし、前もって次郎法師には瀬名姫を力を借りて検地奉行の趣味趣向を知らせてもらうように依頼します。
かかる検地にともなう井伊家での混乱から、直親・しの・次郎法師の男女の思いや、直親と小野政次との立場の違いによる次郎法師に対する思いが交錯する中、今川からの検地奉行が到着しますが、瀬名姫からの知らせは未だ届きません。
次郎法師は、今川の目付け役である小野政次の検地当日前の様子に、隠れ里の存在を暴露するのではないかと一抹の不安を覚え、直親を助けてもらうため、夜分に小野の屋敷に駆け付けます。
政次:「なんじゃこんな夜分に。」
次郎法師:「鶴、、この通りじゃ。この度の検地は、亀の見方をしてやってほしい。亀は、鶴のことを信じておる。その気持ちを裏切らないでほしいのじゃ。」
政次:「亀に言われて来たのか?」
次郎法師:「違う。我は、その・・・亀の役にたちたくて、勝手に来たのじゃ。」
政次:「では還俗して俺と一緒になるか?」
次郎法師:「えっ?」
政次:「次郎さまは、俺の立場ではものを考えぬお人であるらしいが、俺はあいつのせいで二度も好機を失っておるのだ。一度はあいつ故におとわ様が出家し、もう一度はあいつが戻って来たせいでよい話を失った。見方をするのはやぶさかではないが、もうとりっぱぐれは願い下げでな。」
次郎法師:「それは・・・」
政次:「何の覚悟もないのであれば、寺でお経でも読んでおれ。」
そう憎まれ口を言い放つと、政次は部屋を出て次郎法師の前から姿を消します。
このような政次の次郎法師に対する態度は、次郎法師に対する深い愛情があるが故の裏返しなのでしょう。
到着した検地奉行は、職務に妥協を許さず、厳密な測量を行う堅物でした。
次郎法師は政次が願いを聞き入れてくれるまではと、一晩中小野の屋敷に止まりますが、何の進展もないまま夜が明け、政次は直親や検地奉行らと共に隠れ里のある川名の検分へと出立してしまいます。
その事を知り慌てた次郎法師は井伊家の屋敷へと戻ると、南渓和尚が瀬名姫より託された文を持って現れ、急ぎその文に目を通し、直親らの後を追います。
「馬をお借りします。直親を助けに参ります。」と母に言い残し。
おり悪くそんな次郎法師の様子を目撃した直親の妻:しのは、突如として泣き出してしまいます。
しのは直親の妻となりながら、直親と次郎法師との間にある強いきづなに嫉妬し、未だ直親との絆を見いだせないことが悲しかったのです。
この後ドラマは、次郎法師が直親らの向かった川名へと馬を走らせる場面が映し出され、瀬名姫がよこした文には、「・・・その三河のぼんやりが申すことには、岩松殿(検地奉行)のこよなく愛するものは、数と算術、それと、亡くなられた奥方様。」と書かれていることが、ナレーションのように瀬名姫の言葉で読み上げられます。
一方川名では、検地奉行が検地をする中で隠れ里の存在をも見つけ出してしまいます。
これにより今川を謀って偽りの報告帳を示したことが露見し、直親は窮地に立ちます。
奉行配下の侍:「直親殿、この棚田の里は差し出しには一切ござらぬがいかがなこと?」
検地奉行:「これはこの井伊の里ではないのか?」
奉行配下の侍:「まさか、我らを謀られようとしたのではああるまいな?」
と直親を問い詰めます。
事ここに至り、もはやこれまでと政次は所持していた隠れ里の差し出し(報告帳)を懐より取り出し、奉行らに差し出そうとしたその時、直親は「井伊のものではございません。故にこの里は、差し出しに入っておらぬと存じます。」
この直親の言葉に奉行は「ではここの里はどこの物じゃ。」と切り返しますが、
直親は、「なにぶん帰参したばかりでございまして、田島!この里は井伊の物ではないのであろう。差し出しを渡した時も、何も言うてはおらなかったが・・・・」と下駄を政次に預けます。
すると政次は、驚きと困惑を覚えながらも直親としばし目を合わした後「ここはかつて、南朝の巫女様が隠れてお住まいになっていた里にございます。故に、井伊の領地にありながら、井伊の領地にあらず。という扱いにございます。」と気転を利かし、事なきを得ます。
恐らく検地奉行は、直親の言葉に正次が口裏を合わせて言った言葉だということは百も承知だったのでしょうが、政次の見事な気転に免じて、しばらくの無言で呼吸を整え「心得もうした。」と答えたのでしょう。
まるで、白紙の勧進帳を読み上げて義経を打ちすえ、主従の絆に感銘した関所奉行が義経主従の通過を許した『勧進帳』のお話のように。
しかしその場には、直親の窮地を救うべく馬を走らせて駆け付けた次郎法師の姿もあり、奉行はなぜこのような場所に僧がいるのか?:「このお方は?」と疑問を抱きます。
すると傍らにいた直平が、よせばいいのに「そう言えば、何をしに来たのじゃ?」と訪ねます。
ここで瀬名姫から届いた文の内容が役立ちます。
次郎法師:「駿府の瀬名姫より、本月は、岩松さまの奥方さまの月命日であると伺いまして、この度は井伊までのお出向き、きっとご供養も御出来にならずではと思い、私でよければ、経などをあげさせていただこうかと・・・・」と申し出ます。
柴咲コウさん演じる次郎法師のお経は、度々ドラマの中で唱えられていますが、まるで流行歌のように耳に心地よい美しい調べのお経が棚田の里風景に向かって流れます。
そして愛妻家の奉行は「これは・・・妻も喜んでおりましょう。」と痛く感銘を受けます。
この後寺に戻った次郎法師は、南渓和尚し「意向が行くまいが、同じことでございました。」と事の顛末を報告しますが、和尚は、「いやーっ、わからんぞ、目に見えぬところで、何かの役にたっているかも知れんし・・・」と答えます。
それはあたかも、次郎法師のお教により、奉行の妻の供養ばかりか、窮地を脱したばかりの直親や政次らのそれぞれの双方の言うに言われる思いを浄化することに役だったことを暗示するかのような言葉でした。
ですが当の次郎法師は「だとよろしいですが・・・・。」と己のお教の功徳に気づいていない様子です。
また、政次と直親は井伊の井戸のある場所で二人きりで向き合い、政次は破り捨てたと言いながら隠し持っていた隠し里の報告帳を取り出し、直親に返し、言い訳もせずに立ち去ろうとしますが、直親が「これをどう使うつもりだった?・・・・起こっておるようだな。」と語ったために内に秘めていた本音を語ります。
政次:「それがしを信じておられるのならおられんでもかまいませぬ。されど、信じておられる振りをされるのは、気分の良いものではございませぬ。では。」
政次はそれでもこれ以上を語ることなく、立ち去ろうとします。しかし直親が背を向けた政次に追い打ちをかけるように言葉を投げかけます。
直親:「井伊を守るのは、おとわのためだとは思うてはもらえぬか?井伊のために全てを捨てたのは、おとわだ。おとわのために、共にこの国を守って行こうとは思わぬか。」
と、政次の触れてはならぬおとわへの思いに触れる言葉を口にしてしまします。直親が、次郎法師と全て分かり合えているかのようなこの発言が、同じく次郎法師を思う政次にはどうにも我慢ならないことだったのです。そして言います。
政次:「お前のそういう所が好かぬ。」と。
どうやらこのドラマでは、小野政次の井伊直親に対する反発心から、やがて政次は父と同じ道を歩むこととなるという設定があるようです。
一方、直親の妻:しのもまた、直親の次郎法師に対する愛情を悟り、思い悩み、ひとり屋敷で直親の帰りを待っていました。
結局直盛夫婦は、次郎の存在がしのには酷だとして、直親夫婦を山向こうの村に移すことで次郎法師の存在を遠ざけることとし、直親にそれを伝えます。
そして直盛は言います。「子じゃ、さっさと子を作れ直親。子が出来れば、しのとお前の間にも、別の絆が出来ることになる。」と諭すのでした。
この後、政次の弟:玄葉に、しのの妹:なつが輿入れすることとなります。
これもまた戦国の世の習いで、今川の目付けである小野家を井伊の親族に取り入れることで、和をとりもとうとする直盛の策でした。
同じ様に、今川では、竹千代(後の家康)と瀬名姫の政略結婚が行われます。
これは、三河国の領主である松平家を、今川は完全に取り込むための祝言だったのです。
この祝言に際し、竹千代は、「身に余るお話にございます。」と言い、瀬名姫は、「ええ、私も身が余っておりまする。」と皮肉った言葉を口にします。
(一言:おもろい。)
ドラマのエンディングでは、
「この、どこかぼんやりとした男が、やがて今川の、そして井伊の命運を握ることになろうとは、まだ誰も知る由も無かったのでござる。」
というナレーションで締めくくられます。
つづく
ああ哀しやなーっ、戦国の世の女性は。
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