カメラとビデオを棒にくっつけて

堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

全体表示

[ リスト ]

〜直虎:『さらば愛しき人よ』では、次郎は瀬名を助けるも、瀬名は次郎を助けず
       サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編          
近畿情報ブログランキング参加用リンク一覧  イメージ 2

『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第11回放送『さらば愛しき人よ』では、松平元康の裏切りに今川氏真が激怒し、元康の正室:瀬名姫とその子:亀千代らを処刑せんとした時、次郎法師がその助命を寿桂尼に申し出たことでその処断が遅れ、これを阻止せんと駆け付けた石川数正の救いの手が間に合い、瀬名姫らは窮地を逃れたにもかかわらず、その後今度は井伊直親が氏真によって処断される破目になり、次郎法師が元康や瀬名姫らに直親の窮地を助けてもらうよう懇願しますが、松平家の者はだれ一人として井伊家(次郎法師)の願いを聞き入れようとはしなかった経緯が描かれました。

松平元康が桶狭間の戦いの後に今川を見限り、混乱する今川勢の隙をついて、本来松平家の城であった岡崎城を奪還した後、すぐさま織田と同盟関係を結び、今川家に敵対する態度を明らかにします。
(一言:ドラマでは岡崎城は織田軍を恐れて今川の兵が城を捨ててもぬけの空になったところへ元康らが戻ったように描かれましたが、私の考えでは松平軍は岡崎城に残る相当数の今川兵を掃討した上で入城したと思います。戦国ドラマでは、家康を美化しすぎだと・・・・。)

いずれにしろ元康の裏切りに激怒した今川氏真は、今川方に残っていた元康の正室:瀬名姫やその子である亀千代をはじめ、「松平の人質は全て処刑せよ!」と命じます。
そして今正に瀬名姫親子らが処断される場所に引き立てられる時、瀬名姫を幼き頃よりの友と信じる次郎法師は、井伊谷より駿府に駆け付け、我が身をなげうって必死に彼女らの処断を阻止しようとしますが、今川方はその訴えを全く聞きれようとはせず、もはや打つ手なしとなった時、松平元康の家臣:石川数正が早馬を走らせて駆け付けます。
「松平元康が家臣、石川数正と申す。鵜殿 長照(うどの ながてる)殿の忘れ形見を人質として預かっておりまする。瀬名殿・竹千代君・亀姫様とお置き換え願います。」と馬上より大声で口上を述べ、瀬名姫らは処刑を免れます。
ナレーションでは、この事件について、
「これが、後に語り草となる、数正による瀬名の人質交換事件でござった。」と説明が加えられます。
永禄4年(1561)直親と、シノの間に待望の男子が「虎松」が生まれる、後の直政である。今川家は桶狭間の戦いで当主が討死し混乱し尾張、三河の諸将は今川方から離反が相次ぐ。大高、鳴海、沓掛、地鯉鮒城(知立)の各城は明渡し退却して行った。松平元康(家康)は空になっていた岡崎城に入る。暫く今川の様子を見届けるが人質から独立し松平家の勢力拡大の好機と今川家から離反し織田信長に協力する。牛久保城を攻め、さらに今川家親臣・鵜殿長照の上ノ郷城(蒲郡市)を攻めるが落ちない、忍びを使い城に火を付け落城させる、長照は自刃。子の氏長、氏次を捕虜にする。
 地元の伝承では鵜殿長照は乱戦に紛れて城を脱出し清田町の安楽寺横の坂で判資定に討たれたという、この坂を鵜殿坂と言い、坂で転倒し怪我をすると一生治らないという伝説があるという。
 松平元康が今川家に叛いたことから駿府の人質、元康の妻・瀬名と子供2人竹千代、亀姫は斬首になる事になった。
 松平家から人質交換の申し入れがあった。
 鵜殿氏長兄弟の祖父の妻は今川義元の妹であったことから親族であり三河の今川衆が離反する中、今川家に最後まで忠誠しての落城を評し人質交換に応じることになった。

と元康による人質交換劇について記しています。


ところで石川数正と言えば、前年の大河ドラマ『真田丸』について記した
〜真田丸:ドラマで描かれた石川数正の豊臣への離反は、真田信尹の調略?で触れたように、『真田丸』では真田信尹の調略により徳川家康の側近中の側近(家康の懐刀とまで言われた)であったにもかかわらず、突如として家康を裏切り、豊臣に寝返った人物として描かれた武将ですが、覚えていますか?

ともわれ、命を救われた瀬名姫は次郎法師に深く感謝し、今後は、今川に従う井伊家の次郎法師と、今川を裏切った松平家の瀬名姫は敵味方の立場になりますが、公にはそうであっても、個人的にはこれからも二人は友であるという思いを確認します。
がしかし、母である佐名姫が井伊家より人質として今川家へと身柄を預けられ、義元に見初められて一旦は側室となるものの、それは一時の手慰みのようなもので、佐名は今川家臣の妻とされます。
そんな母の身の上を、幼き心で察していた瀬名姫は、「今川を手に入れるのじゃ。」と語っていたことを、佐名姫は母として嬉しく思っていたことを瀬名姫に語ります。
それは瀬名姫が人質交換事件によって命拾いし、夫である松平元康のもとへ帰る直前のことでした。
今川方の母と、それに敵対する織田家と同盟関係を結んだ松平家の瀬名姫は、敵味方となり、後に佐名姫は今川の者として自害に追い込まれることから、この時の瀬名と佐名による母子の語らいは、今生の別れとなったのです。
そして瀬名姫は、母(佐名姫)との「今度こそ今川を手にいれるのです。」との約束を果たすには、次郎法師の願う通りに、今川氏真から井伊直親の命を救うため、井伊の人質となる策を講じたなら、今度こそ元康は瀬名姫やその子:松千代は共に元康に救われることなく棄て置かれると、直親を救うために次郎法師に協力することを聞き入れず、次郎法師が屋敷の門を出た途端に門を閉め、瀬名姫は屋敷内に閉じこもってしまいます。
次郎法師は瀬名姫の命を救うべく駿府へとはせ参じたにもかかわらず、瀬名姫はその恩に報いることなく、次郎法師の直親を助けて欲しいという願いを頑なに拒んだのです。

また、一時は奥山朝利殺害事件をきっかけに、直親・小野政次・次郎法師が幼きころのような良好な仲を取り戻したかに見えたのですがそんなある日、瀬名姫らを助けて頂いたお礼を伝える使者が直親のもとを訪ねて来ます。
使者が松平元康の礼状として手渡した書状は、直親に鷹狩への招待する内容でした。
それはつまり、この時点でまだ今川家に与する井伊家に対して、桶狭間の戦いの後に今川家から離反して敵国としての意思表示をした松平家に寝返ることを誘う意味合いの書状であり、これに応じる意志を固めた直親は、そのことを今川方に決して知られてはいけない事でした。
しかし直親は、あえてその書状を今川の目付け役である小野政次に見せたのです。
直親は政次を幼き頃のように再び信頼にたる友として信じればこそ
「恐らく今川はもう立ち直れまい。その道ずれになるのはまっぴらじゃ。となれば、どこかで、松平と接せねばならぬ。・・・・・前もって手を汲めばこそ出来ることもあろうと言うものであろう。」と今の思いを包み隠さず語って。
これに対し政次は、
「その前に今川に謀反の疑いを掛けられるやもしれんがのう。」と返します。
しかし直親は、
「だから、政次に決めてもらわねばならぬのだ。」と政次を全面的に信頼すればこそ、今川の目付けとしての立場を生かした動いてもらうよう協力を求めたのです。
すると政次は、
「選ぶ余地などないではないか、俺とて、今川と共倒れなど御免だ。」と言い切り、二人の意見は一致したのです。
「その代わり、二つお約束頂きたい。一つは、今川の間者はどこにおるかわかりませぬ。この件は、決して口外なさらぬこと。もう一つは、私に一切をお知らせくださること。でなければ、いざという時に守り切れませぬ。」との条件を付けて。
そして直親は、「ご承知いただけますか?」と念を押す政次に、「選ぶ余地などないではないか。」と硬い約束を交わします。

ところがです、直親が使者に伴われて元康のもとへ向かったその後に、又しても元康の使者と名乗る僧があらわれます。
これにより、先に訪れた使者は、偽物だったと気づいた次郎法師は、直親のもとに駆け込み、
「我らは、今川の罠にハメられたのやもしれぬ。」と知らせますが、時すでに遅く、
偽の使者が既に今川の寿桂尼のもとに、偽の元康との間に交わした直親の書状を手渡していたのです。
駿府で寿桂尼にその直親の今川への反逆(=松平への内通)を示す書状を突き付けられた政次は、今川の目付けとしての身体が極まり、直親との固い約束を反故にして、
寿桂尼の「答えをえらばれよ。」との問い正しに、
「選ぶ余地などございませぬ。父の代より恩顧を受けました私は、今川様の目付けにございます。」
と我が身の保身に走ったのです。

次郎法師はこの直親の窮地を前に松平家の岡崎城へと急ぎおもむきますが、元康は直親を救ってほしいとの願いを聞き入れず、会おうともしません。
そこで次郎法師は瀬名姫に願いを聞き入れてもらおうとしますが、協力して今川への人質となることを了承して次郎法師と今川へ同行する振りをして、次郎法師が先に門を出た所で門を閉ざし、瀬名姫は屋敷内に籠ります。

次郎法師は、万策尽きて井伊谷に戻りますが、そこには今川の呼び出しに応じて死出の旅路を覚悟した姿がりました。
次郎法師は、今川に瀬名姫の命乞いをしなければ、佐名伯母上との縁は途絶えたままで、今川を裏切った松平元康の正室:瀬名姫を助けたことで敵(元康)と直親が内通しているとの疑いの目をつけられることも無かった。
いや、そもそも我が男として生まれておれば、(我が当主であり、直親が井伊家の現当主として)今川に疑われることはならなかったのじゃ。
と直親に思いの丈をぶつけます。
するとそんな次郎法師に直親は、おとわのお経を最後にもう一度聞きたいと望みます。
しかし次郎法師はその求めをキッパリと断ります。
「断る。あれは死者を悼むものじゃ。明日太守様が死ぬかもしれぬ。今川館が焼け落ちるかも知れぬ。だから、断る。」と。
そんな次郎法師を直親は強く抱きしめ「では、無事に戻ったら一緒になってくれ。返事は?」と告白します。
次郎法師は「心得た。」と道ならぬ恋への同意を口にした後、
直親に「待っておるからな、待っておるからな、亀!何をしても、どんな卑怯な手を使っても、戻って来るのじゃ。」と、涙を流し、クシャクシャの顔で告げた後崩れ落ち、地面に這いつくばって泣き続けます。直親が生きて戻ることなどないと知ればこそ。

この後ナレーションは
「この日、直親は僅かな供を連れ、駿府へ向かった。誰もが、直親が生きて帰れるとは思ってはいなかった。」と語り、
映像は、直親一行が進む街道の松林に疾風が吹き、糸で張ったネットの罠で獲物を待つオニグモの姿が一瞬映し出されたそのすぐ後、直親を暗殺せんとする今川からの追手が直親一行を取り囲みます。
ネット(クモの糸で紡いだ網)で獲物を待つオニグモの姿は、直親が今川の罠に絡めとられ、今正に最後の時を迎えんとする状況を象徴的に指し示す映像で、取り囲む今川の間者を睨み付ける直親の表情のアップで今回のドラマは終了します。

                                                       つづく。  

イメージ 1
直親と政次がかつての仲を取り戻したかに見えたシーン

 PVアクセスランキング にほんブログ村

写真素材のピクスタ

閉じる コメント(1)

いやまあ、なかなかお疲れ様です!

2017/3/20(月) 午後 10:30 トビトビ


.
上から目線
上から目線
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

過去の記事一覧

標準グループ

登録されていません

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

ブログバナー

友だち(2)
  • 湖池健彦 Essay
  • 土佐文旦
友だち一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事