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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜直虎:徳政令の行方』では、直虎は真心ある奇策をもって政次に対抗し
       サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編          

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前回のページでも記したように『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第14回放送『徳政令の行方』では、井伊家領内の百姓たちが、これまでの借金を棒引きにする法律(徳政令)を巡る直虎・小野政次・百姓衆らの動きが描かれました。

直虎は、相次ぐ戦乱の中で作物の収穫がままならなかったがためにやむなく商人から借りた借財や、田租(いわゆる年貢)を棒引きにする徳政令発布の、瀬戸村・祝田(ほうだ)村の百姓衆による要求に対し、瀬戸・祝田(ほうだ)の両村を方久の所領とする奇策を打ち出します。
つまり直虎が、瀬戸・祝田(ほうだ)の両村を商才に長けた方久を領主としたのには、むやみに田租を徴収して自身の領地の百姓衆を疲弊させるような真似は決してぜず、百姓衆の暮らしを安定させることこそが、損得勘定においてより長く・多くの田租を得ることとなると知恵を絞り、善政をしくとの確信があったからでした。
ですが瀬戸村は、新野左馬之助の娘たちの所領であり、祝田(ほうだ)村は井伊直親の妻:しのとその嫡男:虎松の所領であり、二つの村が方久の所領となることは、すなわち彼女らにとってはこれまでの所領を失う事になり、当然彼女らが直虎の考えに異議を唱えることは火を見るよりも明らかです。
今川家の威を借りて井伊家乗っ取りを目論む小野政次は、直虎が瀬戸・祝田(ほうだ)の両村を方久の所領とする考えを彼女らに伝えます。
そして直虎が方久に二つの村を与えた理由について政次は、百姓衆のためだという直虎の考えを捻じ曲げて伝え、「井伊家はその方久という商人に借金があり、強くは出られんのです。要するに借金の返済を迫られぬよう方久の機嫌をとったということでございます。」と彼女らに述べた上で、「私に(虎松様の)後見人を任せていただければ、必ず村はお返しいたしますが。」と切り出し、彼女らを自身の野望を果たすために利用しようとします。
結果、かねてより直虎に対して反感を持つ中野直之 奥山六左衛門と、新野の娘たちや井伊家の前
当主だった直親の妻:しのらは、井伊家の身内でありながら直親とっての強力な反対勢力となり、中野直之は直虎に対し「瀬戸村と祝田(ほうだ)村を返し、方久を家臣の列から除く事、それが無されんのならば、直虎様をご領主とは認めぬ。これは、中野・奥山・新野の総意でござる!」と高らかに宣言したのです。
これに対し直虎は「認めぬと言うても、ならば誰が後見をするというのじゃ?」と問うと、
中野直之は「但馬殿(たじまどの)にやってもらう。」と返します。
直虎はこの言葉に「そなたら、気は確かか?」と驚きの声をあげますが、直之は「確かじゃ!但馬は領地は元通りに、百姓たちの不満も納めて見せると言う。新野殿や虎松様らの土地を取り上げてでしか領地を治められぬお方とでは、どちらが頼りになるかは明らかじゃろう。」と即答します。
そんな言葉に返す言葉もない直虎でしたが、そこへ彼らと申し合わせたかのように小野政次が現れ、
瀬戸村と祝田(ほうだ)村の百姓衆が今川に徳政令を願い出たことで、今川が井伊家に対する下知を書き示した書状を直虎に差し出します。
その書状には、直ちに井伊より二つの村に対して徳政令を発布せよとの命が記されていたのです。
政次にとってはこの今川よりの書状は、井伊家乗っ取りを現実のものとする決め手だったのですが、直虎と方久には政次がそのような行動に出ることは既に予見しており、その対抗手段として新たなる奇策を隠し持っていたのです。
直虎が「(徳政令を)発布したいのは山々じゃが、実は、方久は・・・・」と語ると、
直虎の言葉を受けて方久は「はい、やはり、私がいきなり所有するのは風当りが強いかと、瀬戸・祝田(ほうだ)の土地を、龍潭寺(りょうたんじ)に寄進してしまったのでございます。」
これには政次・中野直之 奥山六左衛門らが揃って仰天し、直之は「はぁっ?」と声をあげます。
すると直虎は「今川のかな目録によると、確か寺領に関しては守護不入とあったはず。」と巻物であるかな目録をいかにも業とらしく霧箱を取り出し見開くと、「ここじゃここじゃ。」と該当する記述の部分を政次に指示します。
これに対し政次は「今川の御沙汰を撥ねつけるおつもりですか?」と迫りますが、
直虎は、「撥ねつけるのではない、奇しくも発布が出来かねぬ様子となってしまっておる。と言うだけの事じゃ。」と詭弁を弄します。
すると政次は「なるほど、では、駿府へはその事情を申し上げ、そのご返事といたしましょう。では。」と言い残し、その場を立ち去ります。
しかしこの結末に中野直之の腹は収まりません。
「意味がわかりませぬ。なぜ御沙汰を撥ねつけるのでございます?」と直虎に疑問を投げつけますが、
直虎は「あれを呑めば、結局瀬戸も祝田(ほうだ)も、但馬の土地になるのじゃ。」と撥ねつけます。
しかし中野直之は尚も食い下がり「但馬は返すと言っておったではんかいかーっ!」と声を荒げます。
すると直虎もまた「政次がこれまでどのような事をして来たか知らぬか!それともこの己に言うた事だけは誠じゃとしんじるか?だとすれば男というものは、随分お目出度い生き物じゃのう!」と声を荒げて応戦したのです。
これに対して直之は「同じことではないか!そこの商人に乗っ取られるか、但馬に乗っ取られるか、それだけの違いでござろう!!」と敵意を露わにします。
すると直虎は、この決断に至った訳を語り始めます。
「土地を預けるのは、これからの井伊のためじゃ。」と。
この言葉にも直之は意を解さず「はぁっ?」と声を発しますが、それまで直之の傍らでひたすら沈黙を守って事の成り行きを見ていた奥山六左衛門は、「これからの・・・井伊?」と、何やら直虎の考えにいささか心に響くものがあったようです。
直虎は続けます。「今の井伊には、金も無ければ人もおらぬ。このままでは先細るばかりじゃ!何とかするためには、裸一貫から成りあがった方久のような者の才覚が、新しいやり方がいるのじゃ!」
すると直之は、「男女の仲でもお有りなのか?」と、直虎を愚弄し、直虎がこれに声を荒げようとした時、その言葉を遮るように「とにかく!瀬戸と祝田(ほうだ)を返していただかぬ限り、我らは但馬を後見人に臨む。とくとお考え下さいませ。」と、直虎に睨みを利かせた後に立ち去り、奥山六左衛門は直虎に静かに頭を下げて直之の後を追って去ったのです。

かくして政次は直虎らの対抗策に屈したかのように直虎の前から立ち去りましたが、決して野望を諦めたのではありませんでした。
政次は次なる策として、直虎の考えをすぐさま蜂前神社(はちさき神社)の禰宜(ねぎ)に伝え、蜂前神社(はちさき神社)の禰宜(ねぎ)は百姓衆に対し「今川様は徳政令を出すように井伊に命じて下さったが、強欲な領主と商人のせいで、この徳政令は骨抜きにされてしまったとのことじゃ。・・・・・そなたらは、方久にに売られたのじゃ。」と直虎らに対して反感を抱かせるように先導したのです。
そして直虎の思いを知らぬ百姓衆は、禰宜(ねぎ)の言葉にまんまと乗せられ、直虎に徳政令を出すように仕向けるために方久を拉致する暴挙に走り、直虎のもとに「今川の徳政令を受け入れると記したものを蜂前神社に届けよ。さもなくば、方久の命はない。」という脅迫状を届けます。
直虎は瀬戸村・祝田(ほうだ)村の百姓衆と話し合いを持つため、その代表者である甚兵衛の姿を探し求めて二つの村を訪ね廻りますが、村には誰一人として知と陰はなく、万策尽きた直虎は、徳政令発布の要求を受け入れる決意をし、手回しよく蜂前神社にあった紙と硯(すずり)をもって徳政令を受け入れる書状を書きつ刷りますが、その書きかけの書面の上に何処からともなく歩み現れたカメが居座り、書状の完成を阻止します。
このカメは、亀之丞(井伊直親)の魂が乗り移ったカメだったのでしょうか?
少なくとも直虎はそう考え、折れた心を踏み留めます。
そして百姓にとって何よりも大事な田植えの次期でありながら、この騒動の間放置されていた水田に早苗を禅僧たちの力を借りて共に田植えを行おうとします。
そこへ、やはり水田を放置していたことを気がかりに思っていた村の百姓衆が現れ、直虎と百姓衆、互いの思いのたけをぶつけあいます。
直虎:「お主らの稲が育たねば、我らも困るからな、勝手ながら入らせてもらった。」
甚兵衛:「かような事で絆されねえ!直虎様は借金のかたに里を方久に売ったんずら。かような狂言で、わしら一同衆が絆されるとお思いけーっ?」
直虎:「確かに我は、瀬戸村と祝田村は、方久の所領とした。じゃがそれは、井伊家の借金を無くすためではなく、お主らの返済のためでもあるのじゃ。方久の所領となれば、方久には年貢が入るようになる。それをもって返済を猶予してもらうようにしたのじゃ。」
百姓1:「だども、借金は無くなりはせんにーっ。」
百姓2:「そうだ、そうだ。やっぱり徳政令の方がええでぇ。」
直虎:「目先の話ばかりするな!確かに徳政令が出れば、今ある借金は消えてのうなる。じゃがその後はどうじゃ?人はおらぬし、何時凶作になるとも限らぬ。方久は欲深じゃ、借金を棒引きにはしてくれなんだ。なれど村を任せば、そなたらが潤い、自ずと借金が返せる仕組みを作ると言うてくれた。ならば、その方が良くはないか?」
百姓1:「そうだって・・・そうだって禰宜様は・・・・」
直虎:「我とと禰宜のどっちを信じる?どちらを?方久は誠の所、誠は何を考えておるのか計り知れぬところはある。じゃが方久は、己は銭の犬じゃと言うた。銭のためなら何でもする。己の所領となれば、己の意地にかけて村を潤すと思う。そして、そのために欠かせぬそなたらを、無下に扱うようなことはせぬ。我は、そのように信じておる。」
そう語る直虎の足元には、今植えられたばかりの稲の苗に風が吹き、苗が風になびいている映像が画面に映し出されます。
そして直虎は、「清風明月を払い、明月は清風を払う。風と月は諍(いさ)うのではなく、一体であるという。我も、皆とそうありたいと思うておる。我は皆と井伊をそんな風に作って行きたいと思うておる。皆も、我とはそんな風にやって行きたいと思うてはくれぬだろうか?」
百姓衆はそんな直虎の心からの思いを聞き、涙を浮かべて納得し、甚兵衛は土下座して直虎にこれまでの行いを詫びます。
そしてその場には、奥山六左衛門の姿もあり、直虎の言葉に感銘を受け、直虎に付き従うことを誓います。
さらにその場に居合わせたのは六左衛門のみではなく、遠目から今回の騒動の首謀者である政次と禰宜の姿もあったのです。
禰宜は「捕らえたのが、村の心にございましたか、やっかいでございますぞ、ああゆう手合は・・・」
と語り、
直次は「知っておる、昔から。」と語ります。
直虎らと百姓衆らが、共に夜を撤して田植えを済ませた時、辺りはいつの間にか白み、夜明けを迎えていました。
和解した直虎と百姓衆は事件の中で百姓衆が直虎によこした脅迫状のつたないかな文字に言及し、その不出来を皆して笑い合う中、未だ方久が拉致されたまま縄で縛られて放置されていることに気づくのでした。

つづく。

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山本學さん演じる村の長老:甚兵衛

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