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〜直虎:『おんな城主対おんな大名』の冒頭では、寿桂尼による直虎の危機が〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
前回の第14回放送『徳政令の行方』の放送では、井伊家領内の瀬戸村・祝田(ほうだ)村の百姓たちが、これまで商人(瀬戸方久)から借りた借財や、田租を棒引きにする法律(徳政令)発布の要求に対し直虎は、両村を貸し手である方久の所領とするという奇策を打ち出し、これに反発する百姓衆らと真心をもって本音をぶつけ合いました。
そして直虎は、徳政令を願い出た百姓達に、今より潤い、金を返せる仕組みを提案することで直虎は、無事百姓達の同意を得たのです。
ですがそれは同時に、主家である今川の命に背いた行動でもあったのです。
『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第15回放送『おんな城主対おんな大名』では、又しても今川の命に背いた直虎に対し怒りを募らせた今川氏真の母:寿桂尼が、小野政次に対し、その弁明を求めるべく直虎を、駿府に連行して来るよう命じます。
それはつまり直虎にとっては、かつて命(めい)に背いたとして今川の手の者によって暗殺された井伊直親の二の舞となる可能性をはらんだ大ピンチでした。
小野政次は、今川の命に従い、井伊家の動きを監視する目付役であり、今放送以前では、目付としての役職を利用して井伊家乗っ取りを企む者として描かれて来ました。
ですが今回の放送においては、それは政次の真の姿ではなく、直虎に対し幼き頃より密かに思いを寄せ、その後も生涯を通して幼き頃からの思いを変える事無く持ち続けていた男性として描かれました。
つまり政次は、表面上は直虎に敵対しながらも、直虎の窮地において今川の魔の手から救うために、あえて井伊家の裏切り者として振る舞っていたという設定で描かれたのです。
今回の放送の冒頭では、直虎が徳政令を出すよう命じた今川に従わなかったことに怒りを覚えた寿桂尼が政次に対し、
「出家上がりのおなごに、何を手こずっておるのやら。もうよい、(直虎を)連れてまいれ。二度までも沙汰に背くとは、これは謀反の意有りと疑われても仕方あるまい。直虎を駿府に申し開きに来させよ。」との命じます。
この時政次の脳裏には、かつて井伊直親が謀反の濡れ衣を着せられて暗殺された事件の映像が過(よぎ)ります。
そして政次は寿桂尼の言葉に対し、
「恐れながら、出家上がりのおなごごときに、いつまでもかかずろうておられては、今川の御名(みな)に泥を塗ることになりかりまする。ここは、私にお任せ頂けぬでしょうか?」と進言します。
しかし寿桂尼は政次の言葉に対し、
「私は、申し開きに来いと言うておるだけじゃ。」とこれを撥ねつけます。
政次による寿桂尼への進言は、直虎を何とか直親のように惨殺されぬようにとの一心から出た言葉でしたが、寿桂尼の「何も直虎の命を直ちに取ろうというものではない。」という趣旨の言葉には、従うほかはありませんでした。
一方井伊家側では、直虎が南渓和尚に対し、
「二度までの沙汰に背き、あれが来ぬと思う方がおかしゅうございますが、ここは一つ、おなごのやることと見逃してはくれませんかねー。」と苦笑いをしながら語りますが、
和尚は、
「無理じゃろうのうー、なんせ、向こうの影の大将も、おなごであるからのー。おなごだらといってバカにもせねば、手加減もなかろうのー。」と返します。
この後今回放送の本筋では、直虎がこの絶体絶命の窮地を、いかに免れたかが描かれました。
が、この続きのお話しは、次のページにてご紹介させて頂きます。
小野政次に対し、直虎を連れてまいれと命じる寿桂尼
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