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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜直虎:『井伊谷の少女』では、直虎こと幼い姫おとわと井伊家の危機を描き〜
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とうとう『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』が始まってしまいましたね。
まずは第一回放送を見ての率直な感想から言うと、前年の『NHK大河ドラマ 真田丸』に比べれば、遥かに時代劇らしく、遥かに大河ドラマらしいドラマになりそうな印象を受けました。私としては、とても喜ばしいことで、大いに期待しています。
ですがそれが高視聴率に繋がるか?と言えば、必ずしもそうとは限りません。
今後の視聴率も注目してゆきたいと思います。

今回の第一回放送『井伊谷の少女』では、主人公:井伊直虎がまだ幼い頃のエピソードが描かれました。
直虎の幼名はとわ(「お」がついておとわ)、嫡男が生まれなかった井伊の本家において、女の子でありながら男子のように育ったおとわは、自身も家督を継ぐことが自身の天命だと信じていまいた。
しかし彼女にとってはそれは重荷とは考えず、むしろそれを将来の糧(かて)として自由奔放に育ちます。
そんなおとわと共にふるさと井伊谷で育ったのが、後に井伊直親となる井伊分家の嫡男:亀之丞(かめのじょう)と、後に井伊家の家老:小野政次となる鶴丸でした。

女の子でありながら井伊本家の姫?(いや嫡男としてかな?)としてかっ達なおとわ、分家の嫡男でありながら病弱な亀之丞、井伊家家老の嫡男として知性に優れる鶴松、まだ幼い三人は、その後戦国の動乱に翻弄される未来を知るはずもなく、常に野山を共に駆け巡りながら育ち、山で鬼ごっこをするうちに亀之丞と鶴松に追い詰められたおとはは、あろうことか渓谷の滝つぼへと自ら身を投じます。
もちろんおとわは主人公ですから、それで命を落とすなどということにはなりません。
亀之丞と鶴松は、そんな男勝りで女の子らいしくない姫でも、朗らかで太陽のようなおとわにほのかな恋心を抱きます。
しかし井伊本家存続のためには、やはり姫ではなく当主となる男子が必要です。
そのため本家の姫:おとわと分家の嫡男:亀之丞は許婚(いいなずけ)となり、鶴松は一人悲しさを覚え、病弱であることを引け目に思う亀之丞はおとわの許婚(いいなずけ)にふさわしくないのでは?と悩みます。

そんなある日、亀之丞の父:井伊直満が井伊家の所領:遠江(とおとうみ)を含む駿河一帯を治める今川義元に謀反の疑いをもたれて斬首されてしまいます。
井伊直満を呼びつけ斬首した今川義元は、更に謀反人の子たる亀之丞も処罰せんと井伊本家に使者をよこし、亀之丞を差し出せと命じますが、井伊家はこの命に従わず、亀之丞を密かに他国へと逃します。
亀之丞の父:井伊直満が謀反人とされたのは、直満が今川に敵対する隣国の北条家に対して使者を使ってよこした密書を奪われ、その内容が義元の知るところとなったためでしたが、それを密告したのが、どうやら井伊家の家老で鶴松の父である小野政直らしい。
そしてそんな父:政直に鶴松は不信感を持ちます。

井伊家の一大事となった井伊直満への謀反の疑いとその処断を聞きつけおとわの祖父:井伊
直平が館に駆け付け、直満を今川に売ったのは誰か?と問い正しますが、それが家老:小野政直の仕業であることを知るよしもありません。

井伊家の意志によって今川の追手から逃がされた亀之丞の安否を祈るおとわは、井伊家の初代様の伝承の伝わる井戸に祈り、そこで亀之丞の愛用していた横笛を見つけ、妙案を得て亀之丞を無事逃すために、自ら亀之丞の姿を装って追手の目を引きつけて山を逃げ回り、やがて捕まります。
しかし亀之丞を逃すことにまんまと成功したおとわは、取られて顔を上げた時、快心の笑みを浮かべます。
ここで今回のお話は終了です。
子供とは言え、謀反人の子を逃した罪を、今川の使者はおとなしく許すはずもありません。
果たして次回の展開はどうなってゆくのでしょうか?楽しみですね。

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直虎の幼少期を演じている新井美羽ちゃん

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2017年、夜の住吉大社の太鼓橋は幻想的、チンチン電車はノスタルジー
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元旦に続き2日も覇権バイトのために和歌山県橋本市から堺市に出向いた私は、その夜の住吉大社にお参りしました。

大阪市住吉区に生まれ育った私は、幼いころより住吉大社に一人で出かけることもありました。
私は子供の頃は、住吉大社がどのような由緒があるかなど知ることもなく。
ただ生家から住吉大社に向かう途中には、大和市場、あびこ市場、安立市場と三つの市場が連なる活気ある店々があり、良き時代の下町の風情がありましたが、そんな市場の店も殆どがシャッターを閉めてしまっています。

そんな時代の流れの中、今も住吉さんは祭りやお正月には変わらず賑わっていることは、嬉しいことです。

この日住之江区北加賀屋で就労した私は、車を駐車場に置いて、乗せてあった自転車を使って住吉大社へと向かったのです。
なにせ多くの参拝者で賑わう大社周辺は、交通規制で大渋滞です。なので自転車で出かけるのが一番なのです。
そのルートは、住之江ボートレース場近辺を出発点として、住之江通を東に向かって、阪神高速15号堺線を潜り、26号線の浜口交差点で北に折れて住吉公園まで行き、住吉公園の中を東に向かって南海本線住吉大社駅を潜ると阪堺電気軌道阪堺線住吉鳥居前停留場の向こうに大鳥居の下に住吉大社の参道が見え多くの参拝者で溢れていました。

乗って来た自転車は住吉公園内の臨時駐輪場に留め置くのですが、時間にして片道半時間とかからないサイクリングでしょう。

そんなこんなでたどり着き、お参りした画像は前ページでご紹介しました。
ですが住吉大社と言えば思い出すのは太鼓橋です。
この日も夜の闇に浮かぶ太鼓橋は幻想的で、最も印象深いものでした。
それと大社前の道の真ん中を走る路面電車は、かつてモスグリーン色の素朴な車体だったのが、いまでは広告塔の役割を担ってカラフルな車体となっています。
運賃収入だけでは経営が立ち行かないための苦肉の策ですが、カラフルでありながらノスタルジックな雰囲気が、今の若者にも人気を得ているようです。

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第二本宮

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第一本宮前の光景

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参入口専用の神門

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御神籤(おみくじ)がくくられた縄場

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おかえり道となった神門

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南側から望む夜の太鼓橋

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南側から望む夜の太鼓橋アップ

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北側から望む夜の太鼓橋

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戻りの太鼓橋から参拝道を望む

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住吉大社前にはチンチン電車に乗って帰る参拝者が沢山

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2017年の住吉大社は1月2日も大賑わい、でも賽銭は庶民の懐を反映して
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元旦にはアルバイト通勤の途中で幾つもの神社にお参りしました。しかも地元の和歌山ではなく大阪府堺市の。
で、翌1月2日はというと、夜の住吉大社にお参りしました。

今年2017年はカレンダーの関係から1月4日から始業となる会社も多いようです。
なので1月2日も日中に近所に買い物などに出かけるくらいで早々に夜はお家に戻り、2日夜から3日はゆっくりと家で過ごして英気を養って、4日からの仕事に備える。
そんな人が多かったのでしょうか?
2日の夜は住吉大社の周辺道路は交通規制で大渋滞していたものの、一歩その周辺を離れると、町も道路も静かで閑散としていました。まるで深夜のように。
そしてそれは、元旦に賑わった蜂田神社、(通称 鈴の宮)、開口神社、護国神社、住吉大社宿院頓宮、多治速比売神社、石津神社も同じで、参拝する人影は殆どみあたらなかったのです。

国民の経済格差が広がるのと同じように、神社の賑わいにも格差が広がっているためでしょうか?
神社の参拝数を左右するのは、庶民のくらしぶりの好不調そのものだからなのかもしれません。

正月らしくない不景気な話はこれくらいにして、住吉大社のお話しをしましょうね。
住吉大社は毎年全国ニュースで放送されれるくらいですから、もちろん大賑わいです。
大変な参拝者の数に、ある意味ほっとする思いもあったのです
ですが、本宮の前に設けられた賽銭スペースの中を除いてみると、やはり世の中の庶民の懐は、まだまだ潤っていないということを物語っているようでした。私はね。
ですが皆さんの感想はそうではないかもしれません。以下にご紹介した画像に写る賽銭の量を見て、皆さんがそれぞれに判断してください。

庶民の暮らしは潤ってますか?それとも・・・・・。

ところで皆さん、以下にご紹介した下から2番目の画像で、二人の白装束の神主?さんが、四つん這いになって何をしているかお分かりでしょうか?
お分かりですよね。
本来賽銭を投げ入れるスペースを飛び超えて、本宮の床などに落ちた不届き?な再生を、賽銭スペースへと吐き落しているのです。
個人的には、神様の社に不浄の銭を投げ入れた方には、ご利益あるのかな?なんて思ったり、また逆に、せっかくお賽銭として投げ入れた大事なお金を、まるで誇りを吐き落とすのは問題ないの?なんて思ったりします。

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参拝道の出店

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参拝道の出店

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太鼓橋

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太鼓橋上から見る参拝道の様子

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太鼓橋を超えると神門が

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神門をくぐると神域内の光景が広がり

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第三本宮と第四本宮

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第三本宮と第四本宮

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第一本宮

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第一本宮前の光景

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第一本宮の賽銭スペースに女の子が抱っこされて賽銭を

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第一本宮の賽銭スペースのお賽銭

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第一本宮の賽銭スペース向こうの床の賽銭を吐き落とす神主?さん

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第ニ本宮の賽銭スペース

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2017年元旦の初詣は元旦からアルバイト通勤の途中に
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皆さま、新年明けましておめでとうございます。

このめでたい新年に恐縮ですが、本年は年初から貧乏暇なしで、派遣会社に登録してアルバイトに行って来ました。
それも現在住んでいる和歌山ではなく、わざわざ堺市にです。
なぜか?時給がいいからです。

そんなわけで今年は、通勤途中にある堺市の神社に初詣です。
まずは国宝桜井神社、次に旧我家の氏神だった蜂田神社、(通称 鈴の宮)、三番目に開口神社、四番目は住之江ボートレース場向いの護国神社と、以上が朝にお参りした神社ですが、2年前まで堺市中区に住んでいた私の当ブログでは、以前にこれらの神社について詳しくご紹介しています。
よろしかったら当ブログ右にある検索窓で検索してみてください。

そして夜の帰宅時には、住吉大社宿院頓宮、多治速比売神社、石津神社にも立ち寄りお参りしました。
いかがですか?通勤道になんと神社の多いことでしょう。正に神街道です。
すこしだけ寄り道して和泉の国の一宮である大鳥大社いも寄ってみたのですが、多くの人出とガードマンで、とても車を止めてお参りというわけにはゆきませんでした。

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桜井神社

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桜井神社拝殿

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元旦夜の桜井神社拝殿

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元旦夜の桜井神社神門

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蜂田神社(鈴の宮)

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蜂田神社(鈴の宮)

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蜂田神社(鈴の宮)

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元旦夜の蜂田神社(鈴の宮)

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堺市立総合医療センター

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開口神社

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開口神社

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元旦夜の開口神社

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元旦夜の開口神社

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護国神社

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護国神社

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護国神社

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護国神社境内から見える光景

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護国神社

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元旦夜の住吉大社宿院頓宮

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元旦夜の住吉大社宿院頓宮拝殿

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元旦夜の石津神社年越し大抜

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元旦夜の石津神社年越し大抜

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元旦夜の石津神社拝殿

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元旦夜の多治速比売神社神門

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元旦夜の多治速比売神社

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元旦夜の多治速比売神社拝殿

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〜真田丸:真田幸村が最後を迎えた天王寺・岡山の戦いのドラマと史実の違い
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『NHK大河ドラマ 真田丸』『最終回』で描かれた真田幸村らの徳川軍に対する最後の決戦は、天王寺・岡山の戦いと言われます。

豊臣方はこの決戦にあたり、敵を四天王寺の狭くて大群では攻め難い丘陵地に誘引した敵を順次叩きながら、これにより敵の陣形が伸びきって本陣が手薄になったところで、別働隊の明石全登を迂回して家康本陣に突入させか、あるいは別働隊が敵本陣の背後にまわったところで狼煙を上げ、それを合図に前後から敵を挟撃し)、家康を討ち取る作戦でした。
その後豊臣方が優位に戦いを進める中、大将の豊臣秀頼に出馬を請い、全軍の士気を高めれば、大軍勢の徳川勢に対しても勝ち目あると考えたのです。

しかしドラマの中でも描かれたように、現実は事前の作戦通りに戦況は進みません。
伝えられる史実?によれば、天王寺口の戦い(よりき)と言いますから侍大将・の騎士つまり勝永配下の騎士が正午頃、豊臣方を攻めるためではく物見に出ていた幕府方本多忠朝勢を銃撃してしまうというアクシデントが発生しまい、これをきっかけに幸村らの豊臣方の各隊が作戦通りの体制を整える前に合戦が始まってしまったそうです。
ドラマでも臣方の陣にて戦の手順を確認しあう中、松平忠信勢が毛利勢に鉄砲を打ちかけると、それに応戦して毛利勢も鉄砲を打ち返すという想定に反したかたちで戦いの火ぶたが切られると、止む無く幸村(信繁)と勝永は戦場へと打って出るというストーリだったので、伝えられる史実とほぼ同じですね。

その後の戦況はドラマでは、当初は毛利勝永軍や真田軍の進軍により、戦況は豊臣軍の圧倒的優位に動き、毛利軍の後を進む幸村(信繁)が、家康本陣へと斬り込みますが、家康は既に逃走した後でした。
途中幸村(信繁)は徳川方の真田信吉の陣を通る際、決起にはやる信之の次男:信政の率いる軍と交戦状態となり、信政に従う三十郎は、行きがかり上やむなく幸村(信繁)に斬りかかるのですが、幸村(信繁)はその切先を交わし、「小物にはかまうな!」と、真田信吉・信政の陣脇を駆け抜けて行きました。
一方別動隊の大野治房軍も徳川秀忠の本陣に攻め入りますが、これまた秀忠は慌てふためいて逃走します。
ところが後から出陣するはずだった秀頼を、大蔵卿局が強硬に引き留めてしまいます。
そこで幸村(信繁)は秀頼の出陣が勝敗を決するとして、大助を秀頼出陣の要請に向かわせますが、
幸村(信繁)が出陣前に裏切り行為を攻めたことで自害したはずの大角与左衛門が、自らが刺した腹に包帯を巻き、秀頼の前に現れ、傷を負わせたのは幸村(信繁)だと語ったために、幸村(信繁)の命で戻った大助の出陣要請を秀頼は、大蔵卿局の「真田源次郎は裏切り者でございます。」との言上と、淀殿の「生きよ。」との制止により、出陣を思い止まってしまうというストーリーでした。
ですが伝えられる史実における戦況はもっと複雑です。
毛利勢の発砲という形で始まった戦いは、これまでに例を見ない兵力と火力がぶつかり合う戦場となり、混乱に陥ります。
毛利勢は、本田忠勝(真田信之の正室である稲の父)の次男である本多忠朝を討ち取り、幕府方先鋒本多勢を壊滅させます。
徳川方は苦戦する本多勢の救援をしようと小笠原秀政、忠脩勢が駆けつけたが、毛利勢に追随する木村重成勢の残余兵である木村宗明等による側面からの攻撃を受け忠脩は討死、秀政は重傷を負い戦場離脱後に死亡してしまいます。更に援軍二番手の榊原康勝、仙石忠政、諏訪忠澄たちの軍勢も暫く持ち堪えるものの混乱に巻き込まれ壊乱、これらの敗兵が雪崩込んだ援軍の三番手も大混乱をきたしてしまい、結果的に家康本陣は無防備状態になってしまいます
この頃真田幸村(信繁は指揮下の兵を先鋒、次鋒、本陣等数段に分け、天王寺口の松平忠直勢と交戦してましいた、松平勢は真田勢の陣を抜くと大坂城に直進し、入れ違う形で真田勢は家康本陣方向へ進出ます
さらに浅野長晟が寝返ったと虚報を流して幕府方の動揺を誘い、これに乗じて毛利勢に苦戦する家康本陣へ近づき3回に渡って突撃を繰り返したのです
一言:ドラマでは時間の都合上か、幸村の家康本陣への突撃は、2度でしやが。
こうした豊臣勢の攻勢によって家康本陣は混乱状態に陥ります
三里も逃げた旗本がいたという混乱の中で、三方ヶ原の戦い以降、倒れたことのなかった家康の馬印旗奉行は倒した上に家康を見失い(後に旗奉行は詮議され、閉門処分となる)、騎馬で逃げる家康自身も切腹を口走り、文殊院勢誉に制止されたという(一説には平野方面に逃げたともいわれます)。
一言:ドラマでは家康が徒歩で本陣より逃亡して山上で切腹しよとしたシーンが描かれましたが、実際は騎馬に乗っての逃亡途中で切腹を口走ったというのですから、より切迫した状況だったんですね。)
しかし豊臣方の損害も決して少なくなく、数で勝る幕府方に次第に追い詰められてゆきます
大和路勢や一度は崩された諸将の軍勢も陣を立て直して豊臣方を側面から攻め立て始め、
信繁は安居天神で休息をとっていたところを討ち取られ、大谷吉治も戦死、御宿政友は重傷を負い、豊臣方で唯一組織的な戦闘を続けていた毛利勢も真田勢が壊滅すると四方から集中攻撃を受けることになり城内に撤退します。
別働隊の明石全登は天王寺口の友軍が敗れたことを知ると松平忠直勢に突撃した後姿を消したそうです。
一言:一般的には自決が宗教的に許されず、討死をも恐れないというイメージのキリシタンの部隊も、意外にいざとなれば保身を優先するのですね。細川ガラシャは屋敷を襲撃されて捕らわれる前に死を選んだというのに。)
以上の戦いは天王寺口の戦いです。

一方の岡山口の戦いでは、
徳川秀忠は天王寺方面の銃声を聞き進撃命令を出します。
徳川勢の立花宗茂は秀忠本陣が突出しては敵の突擊を誘うため後退すべきと建言しますが聞き入れられずに戦闘が始まると、先鋒の前田勢は大野治房勢に崩され、これを支援するために二番手井伊直孝、藤堂高虎勢が動きます
この陣立ての乱れに乗じた豊臣方の大野勢秀忠本陣に殺到し、旗本先手の土井利勝勢が崩れ一時大混乱とります
秀忠自身がを手に取り戦おうとするのを、本多正信が大局的に見れば味方は勝っており将軍自ら手を下す必要はないと諫め止めたと言います
その後秀忠は黒田長政、加藤嘉明勢によって敵を防ぎつつ本陣を後退させようとしますが、立花は敵は疲態でこれ以上の攻撃できず、また後退すると士気が下がると再び建言します
そうこうするうちに旗奉行三枝昌吉が旗を立て直すと散っていた将兵が集まりだし、次第に秀忠軍は攻勢をはね除け反撃に転じ始めます
一言:秀忠自身は大局的に戦況を判断する能力がなく、凡庸な大将でしたが、補佐官に恵まれていたということですね。)
大野治房は、敗兵を収容しつつ城内に撤退します
この間、後詰大野治長、七手組は秀頼の出馬を待っていたが、淀殿の説得に手間取り秀頼が出馬した頃には家康、秀忠本陣に突撃した豊臣方の軍勢はすでに撃退されていた。体勢を立て直した幕府方の圧倒的兵力と火力の前に豊臣方の陣立ては15時頃には崩れ、毛利勝永指揮の殿のもとに城内へ総退却してしまいます

のように結果的には豊臣方の負け戦となりますが、圧倒的な大軍でありながら殊の外徳川方が苦戦したのは勝敗の帰趨を制するといわれる先鋒戦で徳川方が毛利勢に敗戦した為で、これは徳川方が包囲等の兵力の優位を生かした作戦を行えず、前線ではほぼ同数の戦闘であった事、そして豊臣方が野戦築城を構築し、そこへ徳川方が攻め寄せるという長篠の戦い関ヶ原の戦いと同様の形態が行われた結果、徳川方先鋒は崩れ、そこに豊臣方が突撃したという流れが考えられているそうです
一言:ということは、冬の陣における真田丸ほどの巨大な出城を築くことはできなかったものの、この夏の陣においても徳川の大軍を迎え撃つための幾つかの砦や空堀を豊臣方は構築していたのですね。)
他にも小田原征伐文禄・慶長の役などでも経験がないほどの野戦一箇所での大軍密集によって、徳川軍に統率・機動の混乱がみられたことがあった上、冬の陣から間を置かぬ再度の動員での財政逼迫を懸念した家康が早期決戦を急いだ事が挙げられるそうです。
一言:そんなケチ臭いことを家康が思っていたなら、豊臣家を早急に討ち滅ぼすなどという暴挙など起こさなければいいじゃない。)
無論、豊臣方の完全に後が無い事による背水の陣ともいえる奮戦振りも、ここまで徳川方が苦戦した理由の一つに数えられるとか。
一言:いわゆる窮鼠猫を噛むってやつですね。)
家康の合戦の中で、人的被害(討死)が一隊の将にまで及んだのもこの合戦のみだとか
一言:つまり家康は敵方の者をたぶらかし、調略などによって見方に引き入れることや、最新鋭の大筒を使っての砲撃による心理的攻撃や、約定を破って大阪城の外濠を全て埋めつくしたり、罪のない者に濡れ衣を着させて宣戦の理由とするなどの悪賢さには長けていたものの、実戦での指揮能力の実力は大したことがなかったということでしょう。)
なお本合戦は正午の開戦から大坂方が総崩れしたのが15時頃というわずかな間であり、それだけ短時間で激しい戦いが行なわれていたことを物語っていると分析されます。
それはつまり、兵力において圧倒的不利にあった豊臣方が、一か八かの決死の特攻により、徳川方の大将である家康や秀忠の首を討ちとる以外に、この戦いでの勝利はないと端っから覚悟していたということです。

ちなみにドラマで家康が幸村の突撃によって今まさに撃たれようとした時、秀忠勢が駆けつけて幸村の腕を撃って馬上宿許筒を落とさせたシーンは、三谷幸喜さんが徳川びいきであることを如実に示したものだと私は思っています。
その後の徳川政権が続く始りとなった秀忠の存在を英雄化するためのものだったと。
全く持って納得できない結末を描いたのが『NHK大河ドラマ 真田丸』だったと。

それでは皆様良いお年を。来年もよろしくご訪問下さい。

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康の神格化ほどではないにしろ、秀忠の英雄化も私は反対です。

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