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〜蜂になった蛾 : ヒメアトスカシバ(後編)〜
注:このブログは、前回のつづきです。
まずは本種の生態的特徴だが、黒子 (1996) によると本種の幼虫は、へクソカズラやツタの茎に虫こぶ(ゴール)を造るとされる。そこでこの2つの寄主食物についても文献で調べて見た。
その結果、ツタについては気になる点はなかったが、へクソカズラに関する記述には、興味深いものがあった。
稲垣 (2003) によると、へクソカズラの臭い のもとは、細胞内に蓄えられたペテロシドという物質で、葉や茎が食害を受けることでこれが分解されて、メルカプタンという悪臭を放つガスが生成され、敵を遠ざける。
ところが、へクソカズラアブラムシは、へクソカズラの成分を体内に蓄積することで、テントウムシの食害から逃れるという。
へクソカズラを食害する昆虫は、他にもトビモンシロノメイガ、クロズノメイガ、ホシヒメホウジャク、ヒメクロホウジャク、ホシホウジャクの幼虫がしられている。
いずれもガ類としては珍しい昼間活動性である。本種とこれらの種はハチ類に擬態しており、本種とのこうした共通点は偶然だろうか?
ちなみに、ホウジャクは漢字で書くと蜂雀で、ハチ類に似たスズメガという意味になる。
次に鳥の生態と能力であるが、藤岡 (2002) によれば、鳥類は、多くが昆虫と果実、種子、小動物が主な餌である。
味覚を感じる細胞 (味蕾) の数は、ニワトリやハトでは数十個と、ヒトの約一万個より遙かに少ないが、果実を食べるヒヨドリやムクドリは糖度や毒物に敏感とされる。
視覚は、ヒトは 3 原色を感知しているが、多くの鳥は、紫外線まで含む範囲を 4 原色としてとらえており、優れた動体視力も有しているとされるようだ。
学習能力は優れており、鳥の脳は、飛ぶという制約にもかかわらず、同じサイズのほ乳類と同程度、爬虫類と比べると 6 〜 11 倍も大きく、例えば食べる物も天敵も一つ一つ学び、学習能力が高い (藤岡,2002) とある。
本種によく似たオオフタオビドロバチは、岩田 (1982) によれば、メイガ科の幼虫を好み、大きいハマキガ科の幼虫を狩ることが記録されている。また、訪花性もあり、へクソカズラに飛来する姿を私自身が観察している。したがって、両種の生活圏は少なからず重なっていると思われる。
本種は、多くのガ類とは異なり、昼行性であるため、外敵が多いと思われる。
そこで幼虫期にへクソカズラを寄主植物とするものの、鳥類に対してはその効果が望めないと思われる。
しかも鳥類の網膜上の感覚細胞の密度は高く、学習能力も高いが、小型の鳥の目は小さく、分解能力はヒトより劣るため、危険なハチ類と本種を容易に見分けられない (藤岡,2002)。
したがって、本種の寄主植物周辺でも見られるオオフタオビドロバチに似た姿は、鳥類に対する防衛手段として有効と思われる。
ところで、本種については、私は一連の交尾行動を観察したので、紹介する (写真3)。
2005 年 6 月 19 日の午前10時27分、大阪府泉南郡岬町不動谷林道脇において、本種が 1 個体、捕食者や周囲に警戒する様子もなく、足元の葉上に悠然と止まっていた。
周囲に私の気をひく昆虫も見当たらなかったことから、地面にあぐらをかいて撮影を始めた。間もなく別の個体が飛来し、葉上の個体に飛びかかったかと思うと、交尾行動を開始した。
これによって葉上の個体がメスで、飛来した個体がオスであることを理解した。
さらにその後、新たな個体が現れ、接合に成功しているオスの存在があるにもかかわらず、メスの背面にすがり付く行動を 3〜4 度繰り返した。
これもまたオスで、彼らはメスのフェロモンに誘われて現れたのだろうか。
今回の観察で現れたオスは、この 2 個体のみで、2 番目のオスはその後このメスをあきらめ、どこかへ飛び去った。黒の体色に黄色の縞模様の本種は、緑色の葉上ではよく目立つ。
捕食される側の昆虫にとって、日中に目立つ状態で静止することは危険である。ましてや交尾行動中の個体は、捕食者に絶好の機会を与える。
私は以前、林縁の木陰という目立たない場所で交尾行動中であったガガンボの一種が、クロスズメバチに肉団子にされる様子を目撃したことがある。
にもかかわらず、本種においては、今回観察したような一見無防備な交尾行動が一般的であるとしたら、本種の姿が捕食者の視覚に危険な生物であることを訴えているのかもしれない。
①10時28分53秒 ♀が葉上で♂を待つ(フェロモンで誘い)
②10時31分28秒 交尾に至る ③10時32分40秒 交尾中の♂♀に新たな♂が飛来
④10時33分05秒 交尾中の♀に後から来た♂がすがり付く
①10時33分49秒 再び交尾する♂♀
写真3.①〜⑤ヒメアトスカシバによる一連の配偶行動 2005年6月19日
泉南郡岬町不動谷 堀野 満夫 撮影
ところで、スカシバガ科については、本会において「チョウのハンドペアリング」について講演していただいた中秀司氏 (現鳥取大学) がご研究されておられ、スカシバガ科のフェロモンルアーも本会に提供していただいたが、残念ながら私はスカシバガ科の生態についての知識不足から誘引採集には至らず、残念であった。
また、個人的には、本種の交尾行動を記すために必要な文献を紹介していただいたにもかかわらず、極めて専門的であったことから、その内容についてふれることができなかった。
そこで最後に、この件について興味を持たれた方のために、中氏らの研究チームが、ヒメアトスカシバの性フェロモンや配偶行動に関する共著論文を複数発表されることを紹介しておく。
文末ではあるが、文献の紹介と、本種及びセスジスカシバの写真を同定していただいた中秀司氏に、厚くお礼申し上げる。
【引用文献】
江崎悌三 (1958) ほうじゃく (蜂雀蛾) 亜科
Philampelinae.原色日本蛾類図鑑 (下).保育社 : p.237
藤岡正博 (2002) へクソカズラー止むに止まれぬ乙女の選択.
身近な雑草のゆかいな生き方.草思社 : 183-186pp
井上 寛 (1957) すかしばが (透翅蛾) 科 Aegeriide.
原色日本蛾類図鑑 (上).保育社 : p.152.
岩田久二雄 (1982) Ⅵ 狩猟に先行して産卵する狩蜂の生活.日本蜂類生態図鑑.講談社 : 33-39pp
黒子浩 (1996) フタスジスカシバ(ヒメアトスカシバ) Paranthrene pernix Leech.
エコロン自然シリーズ蝶 ・ 蛾.保育社 : p.141
黒澤 義彦 (1986) ベーツ型擬態.原色日本甲虫図鑑 (Ⅰ). (森本圭・林長閑編) 保育社 :p.126.
堀野 満夫 (2008) 心に残る昆虫(18) 〜ヒメアトスカシバ〜.南大阪の昆虫 vol.10 17-19
次回は、『セグロアシナガバチに巣食う蛾』(蜂の巣に潜入して蛾が蜂の子を全滅させるんですよ)をご紹介しようかと思っています。 |
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2013年03月25日
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〜蜂になった蛾 : ヒメアトスカシバ(前編)〜
私のブログには、度々昆虫学会の超有名人(ビッグネーム)が登場します。対して私はと言うと、名もないアマチュアの昆虫好きにすぎません。
これを俗に、『虎の威を借る狐』と言いますよね。
とすると、スカシバの仲間は、さしずめ『蜂の威を借る蛾』、つまり私と同類ということ?
虎が陸上動物の王なら、昆虫界の王は蜂です。
(虫キングはカブトムシのようですが。)
〜空飛ぶ生きた化石(ムカシトンボ&ムカシヤンマ)〜でも触れたように、蜂は数ある昆虫の中でも、最後に現れた種族(ハチ目)です。言い方を変えれば最も進化した昆虫です。
人にすら恐れられるハチの威を借ることは、弱い昆虫にとって至極当然のことで、そうした昆虫は、多数います。いずれそれらの昆虫も紹介する機会がある?でしょう。
さて、前回〜生きるための究極の変身(蜂になった蛾)〜の文末で予告した通り、今回は私の記事、
心に残る昆虫(18) 〜ヒメアトスカシバ〜 を紹介します。ただし、長文なので、前編と後編に分けます。
【記事を読むための一言アドバイス】
論文形式文章では、過去の論文などを無断で引用すると盗作になるので、引用文献を文末に列記し、
文中でこれを引用する場合、その引用文章の前後に著者名と発表年を記す決まりがります。
例えば今日私が発表した論文があったなら、上から目線(2013)もしくは(上から目線,2013)となります。もちろん実際はブログネームではなく本名ですからね。
心 に 残 る 昆 虫 (18)
〜 ヒ メ ア ト ス カ シ バ 〜
堀野 満夫
ガ類といえば、夜行性で目立たぬように生きている昆虫という固定観念がある。
ところが、スカシバガ科の種は、ガ類らしからぬ姿で白昼堂々と現れる。
ヒメアトスカシバParanthrene pernix Leech (写真1)は、スカシバガ科としては最も普通種ではるが、私はその生き様をしりたくなった。
写真1. ヒメアトスカシバ 2005年 6 月 19日
泉南郡岬町不動谷 堀野 満夫 撮影
2013年3月25日現在Yahooブログ内に28件ヒット 井上(1957)によれば、本種が属するスカシバガ科は、昼行性なので、ハチと見間違えやすい。
多くの種の成虫は、花に蜜をもとめているときや、幼虫の寄主植物付近で得られる。幼虫は樹木などの幹や茎の中で生活し、「成虫になるには2年かかるを普通とする」(井上,1957)とある。
私が初めて出会ったスカシバガ科の種は、2002年8月18日に長野県大鹿村で蛍光灯に飛来したセスジスカシバ(写真は〜生きるための究極の変身(蜂になった蛾)〜)であった。
その姿は、よく見ると隣片や細毛におおわれていたものの、遠目にはキボシアシナガバチに酷似していた。
この出合いから「おもしろい蛾もいるものだ」とスカシバガ科全般に興味をもつようになったものの、その後長らくこの科と思われる種に出会うことはなかった。
葉上に止まるヒメアトスカシバのメスに出会ったのは、それか3年後のことであった。
本種は、セスジスカシバほどにハチ類を思わせる姿ではなかったことから、当初は消極的に撮影を開始したのだが、結果的には、一連の配偶行動を撮影する機会を得た。
個々の生物が、生存競争の中で種を存続させるには、常に環境への適応が不可欠となり、生物の多様性は、これによって必然的に生じた。とりわけ、環境への適応方法の一つである擬態は、ロマンをかきたてられる言葉として広く知られている。
黒澤(1986)によれば、カムフラージュでは、動物の姿は捕食者に見えていても、辺りの環境に溶けこんで区別できない。
これに対して、捕食者が動物を認識していながら、それを食べられないもの、または食べればおのれに危害が及ぶものと認識している場合をベーツ型擬態という。
従って、ハチ類に良く似た姿を持つスカシバ科は、ペーツ型擬態にあてはまる。
本種に似たハチ類を揚げるとすれば、オオフタオビドロバチ(写真2)だろう。
写真.2 オオフタオビドロバチ 2004年 9 月 5日
大阪府和泉市大野町側川 堀野 満夫 撮影
ただし、以前、本会例会において石井実会長が「擬態は科学的に立証が困難で、研究対象として難しい面がある。」と語られたことがあり、印象に残っている。
ところで、スカシバガ科が進化の過程で蜂類に似た姿になったのであれば、それは身を守るうえでどれほどの意味をもち得るのだろう?
そんな疑問を抱いた私は、その答えにつながるものを期待しつつ、本種の生態的特徴、本種の捕食者である鳥の生態と能力、本種に似たオオフタオビドロバチについて調べてみた。
【引用文献】
井上 寛 (1957) すかしばが (透翅蛾) 科 Aegeriide.原色日本蛾類図鑑 (上).保育社 : p.152.
黒澤 義彦(1986) ベーツ型擬態.原色日本甲虫図鑑 (Ⅰ). (森本圭・林長閑編) 保育社 :p.126.
堀野 満夫(2008) 心に残る昆虫(18) 〜ヒメアトスカシバ〜.南大阪の昆虫 vol.10 17-19
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