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〜魚眼で見る高野山(世界遺産) 准胝堂(じゅんていどう)と孔雀堂(2013.7.7.)〜
〜Look ln a fisheye in Junteidou(Portarait Hall) and Daito(Great Pagoda) in Koyasan(2013.7.7.)〜
先ずは前回ご紹介した御影堂を含む、3つの立ち並ぶお堂の説明札をごらんください。
トリミングアップしているので、読みづらいかもしれませんが、これらの説明書きを読んだ上での思うところを記します。
各お堂は、大きさの違いこそあれ、その外見は、全体像を見る限り大差ないようにも思われます。
ですがその説明札を読んでみると、
御影堂の説明札では 「弘法大師御入定前に、大師の弟子が写された御影を安置してある。」ときされています。
堀野家は真言宗派ですが、信心深くないので恥ずかしながらこの文章の意味が分かりかねます。
なので改めて調べて見ました。
かつて空海の持仏堂であり、後に平城天皇の皇子で、空海の弟子となった真如法親王 が描いた空海の御影(大師御影)を祀ったのでこう呼ばれています。と紹介されています。
つまり、真言密教の開祖である空海(弘法大師)の肖像画が祀られているお堂、それが御影堂だということですね。ですが、現在の御影堂が何時建てられたかについては記されていませんが、現地のパンフレットによると、弘化4年(西暦1847年)に再建されたそうです。
次に准胝堂(じゅんていどう)の説明札には、
弘法大師がはじめて得度して髪を切る儀式のおりにあたってのご本尊として、自ら造立されたと伝えられていますが、現在の建物は明治16年(西暦1883年)に再建されたと記されています。
更に孔雀堂(くじゃくどう)に至っては、正治二年(西暦1200年)に後鳥羽上皇の希望で、孔雀見明王を安置したが永世・寛永・天保・昭和と度々焼失し、現在のものは昭和59年(西暦1984年)に再建されたと記されています。
つまり、三つのお堂は、根本大塔側がより古く、西側のお堂はより新しいということです。
孔雀堂の画像の説明の中で、大阪人にあるまじき間違いを記しました。徳川家の御紋は誰もが知ってる三つ葉葵のごもんですよね。五七桐は豊臣家の御紋です。万死にあたいする失態です。暑さのせいですかね。そうゆうことにしておいて下さい。訂正しておきます。
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
人目線
孔雀堂(くじゃくどう) カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
人目線
お賽銭箱には、金色の桐と左三つ巴の御紋がありますね。
桐の御紋は豊臣家の御紋のように思われがちですが、桐紋 - Wikipediaによると、
明治政府以後は、皇室を表わす菊の御紋に準じる御紋だそうです(パスポートなど)。
巴 - Wikipediaによると、左三つ巴はどこかの家紋というより、
現在は社寺では一般的に用いられるそうです。
更に各お堂の造りを見てみましょう。
よく見れば御影堂の柱や廊下の下や階段など、随所に銅の飾り金具が施され、格子の衝立や吊り天井?や吊り下がる銅製の灯籠などもあり、手摺りは曲線の形状部分もある凝った造りになっていますが、その他のお堂には、彫刻などにおいては似てはいるものの、その他については、御影堂に勝るものは見あたらないように思われます。
ここを訪れたなら、全体的な外観だけでなく、ご注目下さい(私の亡き親類には、堀野力松という高野山の宮大工の頭領がおられましたが、悲しいかな私はこの手の事に無知です。)。
御影堂(みえどう)の造り カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1 人目線
准胝堂(じゅんていどう)の造り カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
人目線
軒下の桁下部に龍の彫り物が見えますね。
孔雀堂(くじゃくどう)の造り 次回は・・・「えっ?ここまで来れば次は金堂でしょう。」ですって、ところがどっこい!
次は大門をご紹介します。
「なんで大門が次に来るのか?」ですって、それには訳があります。次回をご覧下さい。 |
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2013年07月10日
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