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〜高野山:金剛三昧院の四所明神社と天満大自在天神社(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
三昧院経蔵は→御神木の脇に
前回ご紹介した 三昧院経蔵は、本殿の南側で、一段高い場所にありますが、今回ご紹介する四所明神社と天満大自在天神社が祀られた金剛三昧院四所明神社本殿は、三昧院経蔵から西側で、更に高い位置にあります。
以下に金剛三昧院四所明神社本殿と関連する記述をご紹介します。
【四所明神社(重要文化財)】
高野山の守り神である丹生(にう)明神、高野明神、気比(けひ)明神、丹生御息の4柱を祭っています。
● 一宮 丹生明神…胎蔵界(大日如来を本来的な悟りである理性(りしよう)の面から見ていう語 で、理性が胎児のように慈悲に包まれてはぐくまれていることから、こう名づける。)の大 日如来を祭っている。
● 二宮 高野明神…金剛界(大日如来を智慧(ちえ)の面から表した部門。如来の智徳はなによ りもかたく、すべての煩悩を打ち砕くことからその名があるという。)の大日如来を祭ってい る。
● 三宮 気比明神…千手観音【衆生(しゅじょう:命あるもの全て)をあまねく済度(さいど:迷い 苦しんでいる人々を救って、悟りの境地に導くこと)する大願を千本の手に表す観音 で、千は無量円満(はかることができないほど多くの調和がとれていて穏やかな世界を表
す)】を祭っている。
● 四宮 丹生御息…文殊菩薩( 智慧をつかさどるとされる菩薩。)を祭っている。
本宮内の画(え)は高野山上の奥の院と麓の天野社の神仏を習合した、仏様が仮の姿をして現れるという垂迹(すいじゃく)思想のもとに描かれていて、 四ヶ所の明神様をお祭りしているので、四所明神と言われています。
当院のものは室町時代末期の天文二十一(1552)年に建立されたものです。 この世の心理を視覚的に表現した両界曼荼羅(胎蔵界と金剛界をあわせた世界観)は、高野山の開祖:弘法大師(空海)の教えの根本的な概念ですが、
●曼荼羅/幻視の解釈には、以下のような記述があります。
「マンダラ・・・・それは弘法大師空海が請来して、理論と図画を同時に見るべく示唆して、マンダラ中心の修法体系を確立せんがためのものであった。・・・・・ マンダラは、両界曼荼羅が中心である。究極には胎蔵界曼荼羅も中央に定印を結ぶ大日如来 (中台八葉院)をあらわし、金剛界曼荼羅も中央の上方に智拳印を結ぶ大日如来(一印会)を描く。
両界曼荼羅とは究極には即身成仏ということになり、マンダラを実践して理解しようとすれば、即身成仏を果たし得るかどうか ということが、究極の問題となる。 即身成仏とは、空海の教えによれば、生きたまま仏になる、つまり浄土宗で説くようにあの世に救われる場所があるのではなくて、この身のまま、生きたままの身体でもって仏になることができるというのである。 五輪塔という塔の中に入って結跏趺坐(けっかふざ)を組む。そして、差し入れ口から差し入れられる食物を次第に少なくしていって、最後には何も食べない。こうして体内の水分を減らしていく。体は衰弱していき…死を待つ。 そういう形で即身成仏する。五輪塔そのものになるわけである。 この五輪塔になる理論というのは、空海より後の興教大師覚 (1095〜1143)が『五輪九字密釈』で完成したものだが、このように、自分の体がマンダラの本体であるとして実践した江戸時代から明治時代にかけての人たちが実際に存在する。
生と死を超越する考え方、それを入定という。現在でも高野山に行くと、弘法大師空海は亡くなったとはいわない。いまだにこ の世に生きている、不死だとする入定信仰がある。 」 【天満大自在天神社(重要文化財)】
北野天満宮などと同じで、菅原道真公を祭っている神社の別称です。天正十五(1578)年十月、豊臣秀吉が同社で北野大茶湯を催したのを機に始まった、天神信仰の広まりとともに全国的に分祀社が生まれましたが、この社もその頃に建立されたもので、四所明神社の隣に建立されています。
また、四所明神社と同時期の建立といわれています。 金剛三昧院四所明神社本殿
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2014年06月15日
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〜W杯日本:コートジボワール相手で出来なければ、無理!〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!サッカー日本男子の戦い
日本チームは、「自分のサッカーが出来なかった。」と言いますが、
あえて言わせていただきます。
コートジボワール相手に、自分のサッカーが出来なかったと言うなら、今後も無理です。
なでしこJAPANに比べても、アイディアが無さ過ぎです。
ですが残り2試合も見届けさせていただきます。勝てなくても、良い試合をしてもらいたものです。
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