|
〜明日香村:石人像は異国人をモデルに噴水として〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
−明日香村の石造物−
−飛鳥坐神社のページ−
私は観光地に出かけても、入場料の必要な場所にはその料金に見合っていなければ入りません。
現時点で明日香村で料金を払って入ったのは明日香資料館だけです。
そしてその目的は数ある石造物を見ることでした。
飛鳥資料館に入ってロビーでまず出迎えられるのは、杯を口にした男に背後から抱きつく女という変わった石人像です。今回はこれをご紹介します。
石人像は、1903年(明治36年)に、明日香村石神地区にある田の土中(現在の石神遺跡)から掘り出されました(飛鳥資料館の西南600m)。
高さは1.7mで7世紀のものと言われ、重要文化財に指定されて、1930年代以来、道祖神の名でも親しまれているそうです。
そしてこれは、飛鳥時代の庭園に使われた噴水だというのです。
水は底から通じた孔を上り、男の口に当てた盃と、女の口とからあふれ出るようになっていて、飛鳥資料館の庭にはレプリカがあって確かに噴水として展示されています。
石人像の実物は今は、盃の下が欠けていて、枝分かれした孔が見えるそうですが、私はこの事を知らず確認しませんでした。
ところで石人像の人物は、どう見ても当時の日本人には見えません。飛鳥の石造物 - Wikipediaなどには、「衣装は飛鳥調のものであるが、像の風貌から、男女のモデルをペルシャ・インドに求め胡人(こじん:中国の史書では初め、西方異民族のことを、専ら胡人と呼んでいたが、これは漢民族が、中国の北部や西部の異民族(とくに遊牧民族)を卑しんで呼んだ言葉である。)を表わしたものだともいわれている。」とあります。
岩に座った男性に女性が後ろから手をそえているというポーズにどんな意味があるのでしょう?
男女の慈しみや愛・夫婦和合を象徴しているのでしょうか?だから道祖神とも呼ばれるのでしょうか?
そしてこの像の特筆すべき点ですが、男性の足元から口まで内部に細い管が通り、途中で女性の口にも分岐していることから、噴水施設であったと推測されているのです。
明治36(1903)年に明日香村石神地区にある田の土中(現在の石神遺跡)から発見された。像の高さは1.7m、7世紀の製作とされる。驚くべきは、この像が噴水施設であることだ。内部には水を通す孔が開けられていて、底から入った水が、男の杯と女の口から吹き出す仕組みになっているという。現在の石人像は男が口にする杯が欠けていて、枝分かれした孔を実際に確認できるのです。
当時は当然現代のように電動のドリルなどあるはずもなく、どのようにして硬い石の内部に精密な小さい孔を貫通させたのでしょう?
私などには想像もできないまったくの謎です。
石人像(飛鳥資料館内に展示)の表面
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2014年10月22日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]






