|
〜太陽神代行アマテラスとドロップアウト神たちと天皇家の話的な〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
−日本神話の神々と天皇家の関連性を考えるページ−
太陽神はヒルコで天照大神は ヒルメ 天照大神と天皇の系譜の一致 自論
−その他 飛鳥坐神社のページ−
●その他 明日香村のページ●
前回のおさらいです。
その続きです。
首(おびと)皇子(後の聖武天皇)がまだ15歳と若かったため、元正天皇の在位は短く、約8年半で、弟の首(おびと)皇子が24歳となって皇位を譲り、首(おびと)皇子は聖武天皇として皇位を継承します。
元正天皇は日本の女帝としては5人目ですが、それまでの女帝が皇后や皇太子妃であったのに対し、結婚経験は無く、独身で即位した初めての女性天皇だそうです。
これで天照大神の前後に現われる日本神話の神々と符合するであろう天皇家の系譜とその経緯はご紹介できました。
では天照大神=ヒルメの兄弟でありながら、その父母(イザナミ・イザナミ)の子として数えられない『ヒルコ』と『アハシマ』は上記の天皇家の系譜の中の誰に当てはめることができるでしょう?
『アマテラス』が持統天皇や元明天皇に、『天孫ニニギ』が軽皇子(かるのみこ:後の文武天皇)や首皇子(おびとのみこ):後の聖武天皇」に当てはめるなら、
私は『ヒルコ』は、天皇になれなかった草壁皇子や病で妻に皇位を譲った天武天皇で、『アハシマ』は、異母兄弟の大津皇子(おおつのみこ)や一時女性天皇となったが場つなぎだった皇女の氷高皇女(ひたかのひめみこ)ではないでしょうか。
ここからは、上に示した図のように、天皇家の人物を、なぜアマテラス・ヒルコ・アハシマ・ニニギの各神々に当てはめたかについて説明します。
天照大神 - Wikipedia には、「イザナギとイザナミの子のうち、三貴子の兄として(『古事記』ではイザナギとイザナミの最初の子として)「ヒルコ(日ル子)」という男子が生まれている」という記述がある一方で、
1880年(明治13年) - 1881年(明治14年)、東京の日比谷に設けた神道事務局神殿の祭神をめぐって神道界に「出雲派」と「伊勢派」の激しい教理論争が起こったが、明治天皇の勅裁により収拾(出雲派が敗北)し、天照大神の神格は最高位に位置づけられることになったという内容の記述があります。
また、サルタヒコ - Wikipediaには、
サルタヒコ(猿田毘古神・猿田彦命)についての記述として、「邇邇芸尊(ニニギ)が天降りしようとしたとき、天の八衢(やちまた)に立って高天原から葦原中国までを照らす神がいた。」や、「「鼻長七咫、背長七尺」という記述から、天狗の原形とする説がある。「天地を照らす神」ということから、天照大神以前に伊勢で信仰されていた太陽神だったとする説もある。」という記述もあります。
これらの記述から、サルタヒコ(猿田毘古神・猿田彦命)も古代の太陽神だったが、天孫降臨以後は、伊勢系の太陽神であるアマテラスに取って代わられたことがうかがえます。
以上の事を簡単に言ってしまうと、本来もしくは元々は太陽神だった『ヒルコ』は、出雲系の太陽神サルタヒコ(猿田毘古神・猿田彦命)と同一神もしくはその再来神でした。ところが、大和朝廷以後、出雲系の神は伊勢系の神にとってかわられアマテラスが太陽神となったのです。
これは言い換えれば、異なる地域で大和朝廷と同等の勢力を持っていた出雲の豪族が、大和朝廷に敗北して大和朝廷の支配下に置かれたことが日本神話として表現・反映したと解釈することができます。
「アマテラスは太陽ではなく「太陽のパートナー」だ。天岩戸伝説はアマテラス(ヒルメ)が隠れたので太陽も消えたという話であり、神話には登場しないが太陽はヒルコである。」と記しています。
更に、猿田彦神は、神話の中で、降臨する(邇邇芸命ニニギ)の前に遠目からも光る存在として現われ、地上での導き役として登場したことは、〜明日香村:飛鳥坐神社おんだ祭に関わる飛鳥山口神社の猿田彦乃神〜にてご紹介しました。
これらの事を総合して考えると、本来の太陽神はヒルコ=猿田彦神と考えられ、アマテラス(ヒルメ)は、それを代行する神もしくは後見役の神もしくは後継の神ということが出来ると思います。
これを天皇家の系譜に当てはめると、本来の天皇が、天武天皇や草壁皇子であるはずが、天武天皇は病を得て半ばで皇后であった持統天皇に皇位を譲り、草壁皇子は病や周囲の反発から皇位を継ぐことなく、皇后が元明天皇となります。
そしてそんな二人の女皇の孫もまた皇位を継承しますが、それは、本来の天皇であるはずの天武天皇や草壁皇子の存在、つまり導きがあってのことでした。これは、本来の太陽神であり、導きの神でもあるサルタヒコ(猿田毘古神・猿田彦命)に符合します。
加えて本来の天皇であるはずの天武天皇や草壁皇子に代わって天皇を勤めたのが皇后の持統天皇であり、元明天皇であり、その役割は、ヒルコ(日の子)に対するヒルメ(日の女)であるアマテラスに符合するのです。
サルタヒコ(猿田毘古神・猿田彦命)は神話の中で醜い容姿の神として詳しく述べられていますが、これは、不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまったヒルコと符合しますし、この醜さは、天武天皇や草壁皇子の病であったり、周囲からの反感をもたれた状況を象徴的に表したものと理解することも出来ます。
次にアハシマに符号する存在ですが、大津皇子(おおつのみこ)は草壁皇子の異母兄弟で行為継承権がありながら、謀反の罪を問われて処刑されてしまいます。また、氷高皇女(ひたかのひめみこ)は、場つなぎ的に短期間だけ皇位を継承しますが、幼かった弟の首(おびと)皇子が24歳になると皇位をゆずります。年上でありながら皇女であるがために。
これは、なんらかの理由でイザナギ・イザナミの子とされなかったアハシマの境遇に符合します。
最後に、珂瑠皇子(かるのみこ:軽皇子とも書く)こと文武天皇や首(おびと)皇子こと聖武天皇が、天孫ニニギに符合することは、他のサイトでも多く紹介されていますし、持統天皇や元明天皇の孫であることが明確なので問題ないですよね。
![]() |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2014年11月28日
全1ページ
[1]
|
〜日本神話の天照大神と猿田彦乃神と天皇家について考える〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!奈良県明日香村編
−日本神話の神々と天皇家の関連性を考えるページ−
太陽神はヒルコで天照大神は ヒルメ 天照大神と天皇の系譜の一致 自論
−その他 飛鳥坐神社のページ−
●その他 明日香村のページ●
前回まで、飛鳥坐神社にかかわるご祭神について紹介してきましたが、御理解いただけたでしょうか?
私自身、日本神話についてのページをあちこち見た上で、「日本神話も作り話なのだから。」と思ってしまえば鵜呑みにすることはできるですが、どうも引っ掛かることが幾つかあります。
しかも、引っ掛かる事を調べれば調べるほどに尚更なのです。
そこで今回は、一旦飛鳥坐神社のお話しから離れて、特に引っかかる天照大神周辺のことについて、私なりの仮説というか、推論というか、独論(独自の理解)をご紹介して、スッキリしたいと思います。
まず、前回のページで「猿田彦神の名義には、①・・・・。②・・・・・。③「さ」は早乙女などの「さ」で神稲、「る」はヒルメなどの助詞「の」、「た」は田を示し神稲の田の神。他にも、佐太大神や戯人(さるど)と結び付ける説など。大きく三つの説があるそうです。」
と、猿田彦神:玄松子の祭神記の記述を引用しました。
ここで分からないのは{「る」はヒルメなどの助詞「の」、}という部分です。
ページの筆者自身の中では、その知識の中でハッキリ分かっているのでしょうが、私には意味不明です。
(一言:今にして思えば、ヒルメの『ル』は、『の』とでき、ヒルメは『日の女』となると言っているのだろうと推察できるのですが、書き方が唐突過ぎて分かりませんでした。)
そこで、単語として分からない『ヒルメ』を検索にかけてみました。
●ここからが本題です。
『ヒルメとは』で検索にかけると、
などのページがヒットします。
各ページを個別に読んでみると、どれもそれなりに難解で、真面目に読んでいると頭がこんがらがってくるのですが、大ざっぱに読んで私なりに解釈すると、
これらのページは何を書いているかと言うと、
天照大神 - Wikipedia、の記述で示せば、天照大神は言語学的には別名「オホヒルメノムチ」と言い、
イザナギとイザナミの子のうち、『古事記』で黄泉の国から帰ってきたイザナギが黄泉の汚れを落としたときに最後に生まれ落ちたの神々のことで、イザナギ自身が自らの生んだ諸神の中で最も貴いとした子は、上から順にアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三柱(三人の神)で、三貴子とよばれますが、実はもう一人(一柱)いて、ヒルコという神がいたのですが、日本神話の中でいつしかその存在はかき消されて行ったというのです。
ヒルコという三貴子の上の子は、漢字で書くと水蛭子、蛭子神、蛭子命と書かれますが、天照大神と同様の(いや、本当はヒルコこそ)太陽神であることから、その意味合いから言えば、日る子→日の子と認識されるというのです。
そして『日る子』の『子』は、男子すなわち男神を意味し、これに対してその後に生まれた天照大神は先に記したように、「オホヒルメノムチ」という別名で呼ばれるのですが、このうち重要なのは『ヒルメ』で、同じく太陽神という意味合いから、日る女→日の女と認識されるわけで、「オホヒルメノムチ」のうちの『ヒルメ』以外の『オホ』は『オオ』→『大』という敬称で、『ノ』は助詞、『ムチ』は、『高貴な者』という敬称に近い意味合いの言葉なのだそうです。
(一言:ムチ?『無知』が『高貴な者』とはこれいかに!笑うところですよ。)
そして、『ヒルコ』『ヒルメ』のような男女の使い分けは、「ヒコ・ヒメ」、「ヲトコ・ヲトメ」、「イラツコ・イラツメ」など、古い日本語に伝統的に見られるものでもあり、その意味からも『ヒルメ』即ち天照大神は、女神ととらえることが順当とされるとか。
(一言:付け加えると、アマテラス=ヒルメには、ワカヒルメ:稚日女という妹の機織りの神様もいるそうです。興味のある方は個人的に検索してみて下さい。)
では神話の中で、同じ太陽神であり、天照大神の兄である『ヒルコ』はどう記されているかというと、
ヒルコ - Wikipediaによれば、『ヒルコ』は、『古事記』において国産みの際、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神。しかし、子作りの際に女神であるイザナミから声をかけた事が原因で不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまいます。次に生まれた『アハシマ』と共に、イザナギ・イザナミの子の数には入れないと記されているのだとか。
さて、日本神話ついて私は以前から、天皇家の正当性を示すために記されたものと何度か紹介しました。そしてこうした天照大神の前後における神々の系譜は、そのまま鏡で映したように天皇家の系譜と一致するのです。
「アマテラス→天孫ニニギ」と継がれる神の系譜は、「持統天皇→その孫:軽皇子(かるのみこ:後の文武天皇」及び「元明天皇→その孫:首皇子(おびとのみこ):後の聖武天皇」と継がれる天皇家の系譜との対比で、アマテラス、持統天皇、元明天皇はいずれも女神もしくは女皇であり、ニニギ、文武天皇、聖武天皇は、いずれもその孫といった具合に、見事に符合します。
(一言:そう言えば、現在テレビで放送中の『NARUTO -ナルト- 疾風伝』の中で、大敵としてうちはオビトなるキャラクターが登場していますよね。この世の是非を問う存在として。)
つまり、記紀神話=日本神話の書かれた古事記・日本書記には、編纂された当時の天皇家などの情勢が人物を織り込んで見事に反映されていると指摘されているのです。
以上のことは、複数の方々によて指摘され、これを紹介する人は数多くいます。
さてここからが問題です。
上記したようにアマテラスにはその親(イザナギ・イザナミ)の子の数には入れない存在として『ヒルコ』と『アハシマ』がいます。
「伊耶那岐命と伊耶那美命はヒルコとアハシマを産んで失望し捨てた後、天地開闢の神々に何故こんな事になったのか占いで問うています。
その結果出た託宣では「女から申し込んだのがいけない、男から申し込まなければ健全な子供は生まれないであろう」なんて代物でした。
その託宣に従って2人はもう一度、ま、ムニャムニャし、そして健全な子供達が生まれたという話になっています。
ただ最近の研究では、もともと日本神話に入る前の民間伝承としてのヒルコ(水蛭子)とアハシマ(淡島)は、実は「日の子」と「粟島」だったんじゃないかなんて説が出ているみたいですね。
つまり太陽神と豊穣の神です。
大和朝廷には天照大神と大宜都比売がいたので、滅ぼされた出雲の太陽神・豊穣の神だったヒルコとアハシマは穢れた悪魔としてねじ曲げられてしまったのだ、という事なんだそうです。」と、
そこで私は『ヒルコ』と『アハシマ』を天皇の系譜に当てはめてみたいと思います。
「アマテラス→天孫ニニギ」という神の系譜が「持統天皇→文武天皇」及び「元明天皇→聖武天皇」という天皇の系譜にあてはまるなら、『ヒルコ』は持統天皇や元明天皇の夫。『アハシマ』は持統天皇や元明天皇の子とすれば、神と天皇のそれぞの系譜の中で夫は継承権を剥奪(はくだつ)され、子は継承を跳(と)ばされた点で違和感がありません。
天武天皇は即位して12年後に病気がちになり、皇后が代わって統治者としての存在感を高め、「天下の事は大小を問わずことごとく皇后及び皇太子に報告せよ」と勅し、皇后こと後の持統天皇とその子つまり草壁皇子が共同で政務を執るようになった。
|
全1ページ
[1]






