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〜 一庫ダムの湖周辺には多くのトンネル、その一つ龍化トンネルに伝説は?〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!遠出編
173号線(能勢街道)で一庫ダムによってできた知明湖(ちみょうこ)の西を通過するには、たくさんのトンネルを通りぬける必要があります。
それは、山々の渓谷を縫うように流れる田尻川と一庫大路次川の合流地点にダムを建設したことで
できた、知明湖(ちみょうこ)には、山々より派生する湖面より高い稜線が、北上しようとる国道を阻むため、これを抜けるためには、必然的にトンネルが多くなったのでしょう。
これを地図上に示すと以下のようになります。
知明湖(ちみょうこ)周辺の地図
通り抜けるトンネルを南から順に列記すると、向山トンネル・一庫トンネル・長原トンネル・枝葉で名の分からないトンネル・新岡山トンネルと続き、多くの水が入り込んだ谷を越えるための円山大橋を渡って後、更に龍化トンネル・民田トンネル・能勢トンネル・能勢第二トンネルと、8つのトンネルと1つの大橋を通過して下田という地に出て初めて大きく視界が広がります。
ではあるのですが、私は数あるトンネルの中の一つの名、『龍化』という名に興味をひかれました。
「龍化というからには何かワクワクする伝説がこの地にはあるに違いない。」
と思った私は早速、『龍化』 川西』 『伝説』 『一庫ダム』などのワードを組み合わせて検索してみました。
その結果幾つもの伝説が記されたページがヒットしたのですが、龍もしくは竜にまつわる話は、期待に反して1つだけでした。
そしてその一つも川西市に伝わる伝説で、『一庫』や、『龍化』に関係するものではないようです。
上に示した地図の範囲からははずれますが、そお遠くない場所には、『竜宮山』という山もあるというのに。
この期待外れには大いに失望し、「なんか絶対あるだろう、邪悪な人間が龍に変化したとか、何かに触れると龍になったとか・・・ワクワク、ドキドキの・・・」と思ってはみたものの、見つからないのなら仕方がない。
とは言うものの、そのお陰で多くの伝説があることはわかったので、またページを改めてご紹介したいとおもいます。
前置きが長くなったので、ここでは検索でヒットした伝説のうち、最もありがちは怪談話をご紹介しておきます。
(一言:私的にはあまり興味のないお話しですが・・・・。)
などによれば、
一庫(ひとくら)ダムは、別名人喰らダムと呼ばれ、数々のお化けなどのお話しがあるそうです。
湖面を彷徨う火の玉
自殺の名所(水死体が発見される)
トンネル付近に子供の霊が現れる
電話ボックスに女性の霊が現れる
などといった、詳しくは各ページでご確認いただくか、夜の一庫(ひとくら)ダムに出かけてご自身の目でお確かめください。
(一言:という私も怖がりですので、バカバカしいと思いながらも、人気の無い暗がりは・・・・。)
(これだけは言いたい:大阪北部、阪神地区の飲料水を担う一庫(ひとくら)ダムで自殺するのはやめましょう。下流で水道水として飲んじゃってる人がたくさんいるのですから。)
次回からはもっと実のある伝説をご紹介します。
枝葉で名のわからないトンネル
丸山大橋
橋を渡った向こうに見えるのが龍化トンネル
龍化トンネル
龍の目のように光る龍化トンネルのライト
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2015年12月15日
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『カメラとビデオを棒にくっつけて』という題名のブログ
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〜 一庫ダムは治水と大阪北部、阪神地区の大切な水源〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!遠出編
173号線(能勢街道)で一の鳥居の交差点を過ぎ、川西市の東畦野・見野・見野・見野2丁目・甘露寺南の交差点を超えて行くと、173号線は二股になっており、右に阪を登り、一庫ダムへと向かうルートと、左に進み、県道68号線(北摂里山街道)へと至るルートに別れます。
私の目的地は兵庫県川辺郡猪名川町の杉生という地です。
どちらのルートへ向かっても、杉生へ至ることはできるのですが、一庫ダムへと向かうルートの方がどちらかと言えば直線的なので、右に進路をとりました。
一庫ダムは、昭和57年、田尻川と一庫大路次川の合流地点に完成したダムで、 尼崎市、西宮市、伊丹市、宝塚市、川西市、猪名川町の5市1町と、池田市、豊能町の人々の水源となる水を供給する、大阪北部、阪神地区の住民にとって、なくてはならない役割をはたしている高さ75メートル総貯水容量33,300,000tの貯水池を有する重力式コンクリートダムダムです。
私がこのダムを車で通過するときに撮影した画像は以下のようにその全貌を知るには不出来なものです。
173号線を走行中に見えた一倉庫ダム
なので一庫ダム[兵庫県] - ダム便覧 - 一般財団法人 日本ダム協会の画像をお借りしました。
一庫ダム
この建設によって一庫ダムによって巨大な湖が出現したわけですが、一庫ダム - Wikipediaによれば、ダムによってできた湖は「知明湖(ちみょうこ)(現地では、ちめいこ とも)」と呼ばれるが、これは付近にある知明山から由来する。因みに知明山は「奇妙山」が訛って呼ばれたと言われ、以前は銀・銅を産出する鉱山があった。2005年(平成17年)には財団法人・ダム水源地環境整備センターの選定する「ダム湖百選」に、川西市の推薦によって選定されている。
一庫ダムと知明湖
(一庫ダム - Wikipediaより)
一庫ダムの歴史:一庫ダム管理所によれば、
一庫ダムが建設された猪名川は、淀川から枝分れしている神崎川に流れ込む河川で、淀川水系に属しています。 この猪名川の下流地域には尼崎、伊丹、豊中の各市、中流地域には川西、宝塚、池田、箕面の各市があります。この 地域は近年、経済の成長によって関西の中心地として急激な発展を遂げ、関連地域人口は約160万人とふくれあがり、水 不足が深刻な問題となってきました。
また、猪名川は過去にたびたび大洪水があり、そのたびに沿岸の人たちは大きな被害をこうむってきました。昭和13 年の神戸を中心とした大洪水や、昭和28年の台風13号による近畿一帯の大洪水の恐怖は今でも沿岸の人たちの脳裏にや きついています。
このため洪水調節機能をもったダムをつくり、猪名川の河道改修と一体となって洪水の被害を軽減し、併せて渇水時 には農業用水、上水道用水としてダムから水を補給するとともに、新たに50〜60万人分の都市用水を生みだす多目的ダ ムの建設計画が誕生しました。そして昭和43年8月1日に調査所を開設してから昭和59年3月まで、16カ年の歳月と638億 円の巨費を投じて一庫ダムは完成しました。
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