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〜真田丸:真田信幸を陰から支える病弱の妻、こう とは〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
信幸の妻;こう役の女優が九度山にやって来た→長野里見さんもサプライズゲストで
真田昌幸と豊臣秀頼が九度山に→草刈正雄さんと中川大志さんがオープンカーで
『NHK大河ドラマ 真田丸』の第2回放送では、放送で中では、武田家滅亡の直前に真田昌幸の家族が新府城で人質生活から解放されて命からがら織田軍の進撃などから逃れて信州の真田の里へ戻った時、信幸には病弱の妻こうが待っていました。
いったいこうとはどんな女性なのでしょう。
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2016年01月24日
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〜我が家から見る光景:40年来の大寒波との予報も実際は(和歌山県橋本市)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!和歌山編
今日(2016年1月24日)の天候については、数日前から40年来の大寒波が西日本を覆うと、耳にタコができるほど強く警報を発していました。
九州をはじめ、全国的には寒波が襲ったようですが、私の住む和歌山県橋本市には、メディアによって擦り込まれていたほどの雪は降りませんでした。
こんなことなら堺市に行って旧我家の解体を進めれば良かったと思ったというのが本音です。
大まかにいえば、今日の和歌山県橋本市の天気は早朝から午前中を中心に雪が降り、午後からは大して降らず、夕方からまた雪が降りました。
はたして今夜も雪は降り続き、早朝は一面の銀世界となるのでしょうか?
2016年1月24日の雪景色 その1
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『カメラとビデオを棒にくっつけて』という題名のブログ
Attach camera or video to tip of a pole
棒は高さ約 9m まで伸びます。だからブログガーネームは『上から目線』です。
My blog name is “The eyes line from the top” because the pole lengthens to 9 meters ブログ名部門 (18)↓ 昆虫部門 (2)↓ 海の魚部門(1)↓ − ブログ名部門 (19) 目 次 −
A subject section (19) of the blog
下記以後のページ紹介は、− 目 次− ブログ名部門(20)
真田丸:『大河ドラマ真田丸』の序盤を見て(3)真田太平記と女性陣の違い
真田丸:失意の中で梅に励まされた信繁は情を交わし、きり一人待ちぼうけ
真田丸:嘘つき昌幸は、まさか自身が徳川に騙されるとは思わず、後に
真田丸:『NHK大河ドラマ 真田丸』の序盤を見て(2)真田太平記との違い
真田丸:今回は『NHK大河ドラマ 真田丸』の序盤を見て(1)、視聴率
田丸:人質だったきりは、信繁に救出されたてん末を梅に自慢して
真田丸:信尹は昌幸のために手を血に染めて働いた?その真の生涯とは
真田丸:ドラマの中で真田昌幸の謀略に散った春日信達の実像と昌幸
真田丸:織田信長は勢力拡大と共に城を変遷し
真田丸:瀧川一益はやはりいい人、北条氏政は悪い人、の設定ですね。
真田丸:安土城は、信長の権力を担保する象徴を監視下に置くために
真田丸:幻の安土城の真実、外敵防御の要塞から逸脱した御殿建築へ
真田丸:幻の安土城の真実、湖上にそびえ立つ異端の城
真田丸:ババ様救出失敗。それでもババ様は強し、きりはうっとおしい?
真田丸:真田昌幸の二枚舌恐るべし、上杉を北条への手土産にするとは
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(8)北条・滝川・真田らの戦い
真田丸:安土城炎上の謎、火をかけたのは誰?
真田丸:真田信繁が逃走ルートとした東山道とは(安土城から上田へ)
真田丸:続本能寺の変後の各大名の動き(7)秀吉の中国大返しと光秀討伐
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(7)秀吉の中国大返しと光秀討伐
真田丸:迷走する二人の女心と東国の戦い前夜
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(6)滝川一益と上州諸将
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(5)嫡子 織田信忠は自軍に会えず
真田丸:上杉景勝役・真田信尹・直江兼続を演じた役者たちのプロフィール
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(4)窮地にあった上杉景勝
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(3)北陸戦線組 柴田勝家遅参
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(2)四国平定組のジレンマ
真田丸:続本能寺の変後の各大名の動き(1)家康の伊賀越え+服部半蔵
真田丸:本能寺の変後の各大名の動き(1)家康の伊賀越え+服部半蔵
真田丸:家康はともかく、服部半蔵くらい忍者らしくしてよ
旧我家解体記:本屋の私の部屋は、西面と南面の壁まで除去しました。
旧我家解体記:物置小屋の後は私の部屋から本屋の解体開始
真田丸:ヒロイン きりは信繁を兄のように慕って育ち、やがて愛に
真田丸:梅と結ばれた信繁の辞書に「初恋は実らぬもの」という格言はない
真田丸:滝川一益に与えられた昌幸の上野(こうずけ)領は信長の死により
真田丸:本能寺の変まで真田信繁の生い立ちと『真田丸』にズレはない?
真田丸:昌幸が武藤喜平だった時、家康を手痛い目に合わせた?
真田丸:小県の井浦昌相(盛清)は忍者、室賀正武は裏切者として生き抜く
真田丸:小県郡の国衆、真田昌幸・井浦昌相盛清)・室賀正武の関係は?
真田丸:本多忠勝と本多正信は、仲の悪い本家と分家
真田丸:藤井隆さん演じる佐助は猿飛なのか?
旧我家解体記:物置小屋の通り柱はこうして抜き、無事に解体できました
旧我家解体記:倉庫(物置小屋)は側面の骨組みだけになりました。
真田丸:真田信幸を陰から支える病弱の妻、こう とは
我が家から見る光景:40年来の大寒波との予報も実際は(和歌山県橋本市)
旧我家解体記:まずは倉庫(物置小屋)から解体しています
真田丸:山深い小一族の当主真田昌幸に不釣り合いな妻 薫とは
真田丸:真田昌幸の進言に応じなかった武田勝頼の生涯と思いとは
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〜旧我家自力解体記:まずは倉庫(物置小屋)から解体しています〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!我家解体編
旧我家自力解体記の第2回目です。〜旧我家解体記:やっと連休を利用して自力で旧我家の解体を開始です〜でご紹介したように、文化住宅暮らしからようやくその時点で昭和40年に建てられた築22年の超中古住宅を昭和62年(1987年)に手に入れたのが去年までのマイホームで、29年も住んで、今や築51年です。
これをガンバって一人で解体しようとしています。
もちろん一人で解体すること自体も大変なのですが、今は廃棄物の分別処理が大変です。時間的にはこの分別に多くの時間を要します。
実際の分別の物品や進行状況をを紹介するのは恥ずかしいので、現時点では秘密としておきます。
我家を解体していると言っても、まず最初に解体をするのは本屋ではなく、物置小屋です。
本屋は平屋ですが、物置は2階仕様になっていて、こちらの方が高く、近所に柱が倒れないように解体するための工夫が必要です。
なにしろ一人での解体ですから、4角にある4本の通り柱を抜き取ることが最も問題です。
今回ご紹介する画像では、まだその4本柱を抜き取るところまでは行ってませんが、屋根瓦とその下地のコンパネなどを取り除き、壁材として使用している波トタンを2階部分まで取り除射た状態まで作業は進みました。
作業日数としては、物置小屋内のガラクタの分別(木材・金属・紙・プラスチック・紙・複合品に分け、金属は更にアルミ・真鍮・鉄・ステンレスなどに分ける)に5日かかり、その後3日間の物置小屋解体で、ご紹介している画像の状況になりました。
画像は1月14日までの進行状況ですが、撮影日は1月21日の朝です。21日の作業終了時の進行状況を撮影した画像は、次に作業する日の朝に撮影してご紹介します。
中庭の左側に分別したガラクタを詰めた袋や自転車、本やの屋根には小屋から取り除いた屋根瓦や土などの入った白い袋が見えるでしょうか。
そして手前の系トラックには木の廃材を積み込んでいます。
限られた敷地内で廃材を分別し、単一の廃材をまとめて破棄しなければコストが高くなってしまいますので。
ただ、最初の廃棄物はガラクタが多すぎるので分別できるスペースを確保するために混載(金属・プラスチック・植木・布などを分別せずに)して産廃業者に持ってゆきました。
軽トラック1台で16,000円の処理代です。
旧我家を人目線で魚眼撮影
解体前
旧我家をを高さ9メートルからで魚眼撮影
解体前
解体が進んだ旧我家を人目線で魚眼撮影
(1月14日までの進行状況)
(1月14日までの進行状況)
解体が進んだ旧我家を高さ7メートルから魚眼撮影 (1月14日までの進行状況)
解体が進んだ旧我家を高さ9メートルから魚眼撮影 (1月14日までの進行状況)
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