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〜真田丸:ドラマでは病死して隠密裏に葬られた豊臣秀保、しかし実は・・・(2)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前ページの続きです。
代わって雨降る中庭の脇にある廊下を行く秀吉の後を追って、亡き秀保に対する仕打ちに抗議する場面です。
寧:「殿下、秀保はあなたの甥ですよ。数少ない肉親でぁなーですか?」
秀吉:「うるさい!」
寧:「せめて皆で見送ってやりませんか?」
秀吉:「あいつの罪は二つ。この年に亡くなったこと。そして将来、拾のために力を尽くさねばならんのに、それができなくなったことじゃ!」
寧:「だからと言って秀保を責めては、あの子が浮かばれません!」
秀吉:「その名を二度と口にするな!」縁起でもない。」
そう言い捨てて去って行く秀吉の後ろ姿を見送り、寧は極度の困惑を浮かべ、成すすべも見当たらずに息を吐きます。
そして土砂降りの雨の中、秀保の亡骸が入った棺桶が担ぎ出されるシーンが映り、秀俊(小早川秀秋)ただ一人が、秀保の亡骸の入った桶を見送り、頭を下げる映像の後、ナレーションが流れます。
ナレーション:「秀保の死に対する秀吉の冷たい仕打ちは、秀次を旋律させた。」
そして秀次が秀俊(小早川秀秋)の前で、秀吉の仕打ちに激怒する場面です。
秀次:「これでわかった。あの方は我らが邪魔なのだ。」
そう言い放った秀次は、手に持った扇子を、巻き上げられた御簾に叩きつけます。
ナレーション:「彼の不安は頂点に達した。そして関白秀次は、一つの決断をする。」
果たして実際はどうだったのでしょう?
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2016年07月15日
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〜真田丸:ドラマでは病死して隠密裏に葬られた豊臣秀保、しかし実は・・・〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
NHK大河ドラマ 真田丸』第27回放送『不信』では、拾(ひろい:後の秀頼)の誕生により、既に秀吉の後継として関白となっていた秀次の立場が急激に危うくなって行く間に起こった有る事無い事が描かれました。
そんなある事無い事を描いた中で、豊臣秀保の病死は、実際に有った事です。
しかし、その描かれたシーンが史実かどうかは甚だ疑問です。
ドラマでは、秀吉が棄を失った後に改めて授かった拾(後の秀頼)の健やかな成長を望むあまりに、秀次の実の兄弟である三男:豊臣秀保が、拾(後の秀頼)が棄(鶴松)の亡くなった年齢と同じになった年(文禄4年=1595年)に病死したことを殊更に不快に思い、雨の降りしきる中、運搬用の台の上に棺桶が菰(こも)を被せ、秘密裏に葬られる(密かに棺桶を運び出す。)映像が放映されました。
まずは秀保の死にかかわるドラマのシーンをご紹介しましょう。
詳細はこちら↓
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