|
〜真田丸:たかこと隆清院と信繁の娘は真田の方とは名乗れずお田の方と〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前回のページで記したようにドラマの設定では、信繁は豊臣秀次の娘:たかを救うため、秀吉より話のあった大谷刑部(大谷吉継):の娘:春との縁談を了承し、たかを側室に迎えます。
史実に残るたかは信繁の側室となって後に隆清院として、まだ信繁が大坂の陣で亡くなる以前に直という娘を生みます。
直は後にお田の方と名乗るのですが、本当は『真田の方』と名乗りたかったのですが、それでは第一次・第二次の上田合戦や大坂の陣において辛酸をなめた徳川にその名を知られれば、母:隆清院が徳川の追手を逃れて長い逃亡生家の末、やっと生き延び縁あって出羽久保田藩(秋田藩)の佐竹家に嫁ぐこととなったのに、真田の名を知られては徳川よりお家おとりつぶしになりかねません。
しかし、直が佐竹義宣に見いだされたのも真田ゆかりの女性であるがゆえの縁でした。
そこで『真田の方』ではなく『真』をとって『田の方』としたのです。
『田の方』の名からは、いかに佐竹家が武門の誉れ高き真田信繁の忘れ形見:直を厚く迎え入れたかが伺える名なのです。
次回はお田の方とその弟について記します。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2016年07月22日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]







