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〜真田丸:稲の子百助(信政)とおこうの子 仙千代(信吉)の同年誕生はある?〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
今日の『NHK大河ドラマ 真田丸』第30回放送『黄昏』では、真田信之に2人の男子がほぼ同時に生まれたというドラマ設定になっています。
1人はの正室:稲の子:百助。
もう1人は侍女?(前正室)の子:仙千代 です。
この二人の幼名から元服後の人物を−信之の妻− - 真田氏のススメ の記述から辿ると、
通称が百助とされる人物は、信之の次男:真田信政(1596?〜1658)であり、
通称が仙千代とされる人物は、信之の嫡男:真田信吉(1595?〜1634) です。
侍女となったおこうが生んだ嫡男:真田信吉(仙千代)と、正室:稲が生んだ次男:真田信政(百助)がほぼ同時に生まれたというドラマ設定はあながち間違ってとは言えない事なのでしょうか?
そもそも同時に生まれた野なら、侍女となったおこうの子が嫡男となって、正室の子が次男となるという事自体がうさん臭い気がします。
まずは信之の嫡男:真田信吉ですが、真田信吉 - Wikipediaによれば、
生年には諸説あり、その生誕年を知るための文献に求めると、
『天桂院殿御事績稿』にある享年42から逆算すると文禄2年(1593年)
の生まれとなる。
次に信之の次男:真田信政ですが、
−信之の妻− - 真田氏のススメによれば、慶長元年(1596)11月に沼田で生まれる説と、慶長2年(1597)生まれ説もあるとしています。
つまり信吉と信政の生誕年は、慶長3年以前ということになります。
二人の生誕年が同年で、慶長3年以前という条件に合う生誕年は、慶長元年ということになりますが、−信之の妻− - 真田氏のススメには「慶長元年(1596)11月に沼田で生まれる説」と記されており、』第30回放送『黄昏』において伏見の真田屋敷でのシーンとして百助(後の信政)と仙千代(後の信吉)が登場しているドラマ上の設定と合致しません。
以上のことから、『NHK大河ドラマ 真田丸』におれる百助(後の信政)と仙千代(後の信吉)がほぼ同年の生まれとするドラマ設定には、かなり無理がある気がします。
ですが恐らく、少なくとも大坂の陣における冬の陣と夏の陣との間の休戦時には、信繁と信吉、信政の対面があると思われます。
ただし常識ではですが・・・・、三谷幸喜さんの脚本はこれまでの経過を見てわかるとおり、はなはだしく非常識ですから、今後どう辻褄を合わせて来るか、見守りましょう。
真田二代目藩主真田河内守信吉が葬られている沼田 天桂寺の六文銭瓦
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2016年08月01日
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