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〜真田丸:家康暗殺に失敗した出浦昌相は本当に死んだ所まで描かれた?〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編
前回のページではいささか的外れな思い込みでページを記しましたが、いずれにせよ秀吉が臨終前に秀頼の行く末だけを心残りとしていたことを遺言状に書き残していたことは、史実においても確かなことだったようです。
ドラマではそんな秀吉が最後に家康に対する不信感を悪夢から強く抱き、石田三成に家康を殺せと最後の命令を下し、最終的には真田の忍者:出浦昌相(いでうらまさすけ:盛清とも言う)が暗殺役として動きます。
出浦昌相は守備よく家康の頭上に忍び込みますが、そこには思いがけず真田信之が居合わせ、出浦昌相がたてた物音に気付かれてしまい、結果的に信之の存在が仇となって出浦昌相は本多忠勝に斬られてしまいます。
ですが現在に伝えられる出浦昌相は、真田丸:常に真田の影として働いた出浦昌相は、やがて信之に仕え〜でもご紹介したように、後に真田信之に仕えて関ケ原の戦いがあった頃まで生き、関ケ原合戦後は、上州吾妻郡の群馬原町に住み、元和9年(1623年)に78歳で死去します。
後に昌相の子:出浦幸吉は、徳川政権下において松代藩で1000石を領する家老となっています。
今回放送の『NHK大河ドラマ 真田丸』第31回放送『終焉』では、確かに出浦昌相は本多忠勝に切られますが、爆裂弾を用いて家康の屋敷からの脱出には成功し、昌幸の待つ真田屋敷にまで佐助と共に戻り、昌幸の腕の中でぐったりと動かなくなるところまではハッキリと描かれました。
ですが彼は忍者の頭領です。
更に言えば三谷幸喜さんはこれまでのドラマ展開でアッと思わせる意外な結末を幾つも描いてきました。
出浦昌相が家康暗殺に失敗して死んだという確かな結末にまで至っていない以上、出浦昌相はこれで終りと思い込むにはまだ早すぎる気がします。
きっとまた出浦昌相が復活して活躍すると思っていた方がいいかもしれませんよ。
なにせ今に伝えらる出浦昌相の最後が関ケ原の戦い以後とさてているのですから。
この得難いキャラクターを徳川と豊臣が激突して、さあこれからが真田の活躍の場なる以前に、このs存在を失うことは、いかにもドラマ展開上マイナス面が大きすぎますからね。
(一言:各々がた、くれぐれもご油断めされるな!三谷氏(うじ)は、昌幸や出浦昌相以上に曲者(くせもの)ですぞ。)
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