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堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜リオ五輪:マラソンで猫ひろし(39)氏がカンボジア代表出場139位の是非論
      サブタイトル:オヤジブログは自由だ!リオオリンピック編 
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リオデジャネイロ・オリンピック最終日の8月21日、男子マラソンが行われ、カンボジア代表として初出場したタレントの猫ひろし(39)が完走した。タイムは2時間45分55秒で、140人中139位だったと共同通信などが報じました。
日本での反応はともかく、この結果を受けてのカンボジア国民の反応はどのようなものか?
個人的にはそこが知りたいところです。

確かに、前回ロンドンオリンピック以前からカンボジア国籍を取得してまで自分の夢を叶えようとし、今回のオリンピックで完走できたことは、彼自身にとっては最高の結果かもしれません。

皆さんはこの猫さんの出場と結果を受けてどう思われますか?

個人的な感想というか、結論から言うと、猫さんが自身の夢を今回のオリンピックで叶えた以上、次回のチャンスがあっても、決して出場してほしくないと思っています。

確かに、今回の猫さんに限らず、他の国においても、本来の祖国以外からオリンピックに出場する選手の例は複数あります。
調べた訳ではないので、確かな事は言えませんが、恐らくそうした例になる選手は、トップアスリートとしての実力を買われての出場かと思われます。
その点からも、猫さんの出場は異端の事例でしょう。

そもそもオリンピックとはいかなるものなのかを考える時、各国の代表選手=祖国の代表と私は理解します。
「カンボジアが許可したのだからいいじゃないか。」という意見の方もおられるでしょうが、それならば猫さんは今後カンボジアに骨を埋めておしいと私は思います。
これを機に日本のメディアなどで活躍などはぜひとも無いことを希望します。

なぜなら、猫ひろしさんは、自身の夢だけを胸に戦ったのであって、祖国の期待を背負っての出場では決して無かったと思えるからです。
そして何より、本当のカンボジア国民の出場チャンスを摘んだのです。

祖国の期待を背負った選手が、自分の夢と共に、プレッシャーや使命感と向き合い、持てる力かそれ以上のパフォーマンスを発揮した時や、それが叶わなかった時に流す涙や笑顔に、私達は心から感動し、ある時は祝福し、ある時は励まし、励まされるのです。
それに対して選手本人も、心からの感謝を持って答えてくれた時、応援して良かったと思えるのです。

そんな会った事もない人同士の心の繋がりが、猫さんとのそれにあるのでしょうか?

その事を皆で考えてみましょう。そして、猫さん自身にも考えて欲しいと思います。
もちろん考えた結果が、私のそれと異なることもアリです。

【以下はネット上にある記述です。】
猫ひろしはマラソンで五輪に出場するために、2011年にカンボジア国籍を取得。2012年のロンドン五輪で同国代表に選出されたが、国際陸連に参加資格を満たしていないと判断されて出場できず、今回が初出場となった。
スポニチによると、猫ひろしはゴールで両手を上げ、お得意の「にゃー」のポーズをした。ゴール後には、「最高でした。悔いはないです。カンボジア語では“ミャー”なんですけどね」と喜びのコメント。43歳で迎える東京五輪に向けては「チャンスがあるんだったらやりますよ。でも(年齢的には)猫だったら3回ぐらい死んでますんで」とジョーク交じりに語ったという。

記録は2時間45分55秒(速報値)で、トップから37分余り遅れ、自己ベストからも15分以上遅れたが、持ち芸の「ニャー」をしながらゴールを決め、スタンドの観客にカンボジアコールをするよう、煽っていた。インタビューに対し、最後はきつかったが絶対に歩かないよう頑張った、などとし、
猫さん自身のゴール後のコメント
「カンボジアの人も日本の人も、ブラジルの人も応援してくれて感謝している。」
と語った。
と。
一言:本当にカンボジアの人も日本の人も、ブラジルの人も応援したの?この猫さんが語った感謝とは、自らのための夢を叶えてくれた事への感謝?)

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〜真田丸:通説では、徳川家康襲撃を計画したのは三成ではなく島左近なのに
      サブタイトル:オヤジブログは自由だ!真田丸編 
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NHK大河ドラマ 真田丸』の第33回放送『動乱』では、石田三成が徳川家康を襲撃する計画を決意するも、その計画が未然に漏れ、大多数の大名や豊臣家の家臣までもが家康側に加勢するため伏見の徳川屋敷に集結
し、最終的には大谷吉継や真田昌幸も徳川方につきます。
出陣を前にして三成は大谷吉継、寧(北政所)、真田信繁らにより、襲撃を止めるよう説得されますが、それでも三成は徳川屋敷への襲撃を止めようとはしません。
そんなおり、これまで家康の動きに強く反発しながらも、表立って対立行動にでることが出来なかった上杉景勝が、三成らと共に徳川に反旗をひるがえすことを覚悟したことを伝えた上で、まだその時ではないと三成を抱擁して今回の決起をいさめ、結果徳川家康への襲撃は未遂と終わるシーンが描かれました。

果たしてこのような史実はあったのでしょうか?
そのことを知る上でキーパーソンとなるのが、三成の家臣:島左近です。

この島左近は、軍略に長けた武将とされ、左近は家康の動きを警戒し、三成に家康暗殺計画を提案しますが、三成は大義名分、正々堂々の戦いを主張し、暗殺計画は未遂に終わったというのが通説です。

ところが三谷幸喜さんは、この島左近の提案による家康暗殺計画が未遂に終わったという通説を、三成による徳川屋敷襲撃事件とし、島左近は仕える三成にただ従っただけのように描きました。

ではなぜ三谷さんは島左近による家康暗殺計画を三成による徳川屋敷襲撃未遂事件にかえて描いたのでしょう?

一般的に三成は、柔軟的な行動が出来ない頑なな性格の武将だったとされます。
今回の第33回放送『動乱』でも大谷吉継、寧(北政所)、真田信繁らの説得にも応じず、「今となってはもう遅い。」といった言葉を何度も繰り返します。
その点においては、通説に沿ったドラマとなっていました。

しかしそれを島左近の家康暗殺計画ではなく三成自身による家康襲撃計画としたのは、三成と家康の対立関係を明確にし、三成に賛同する諸侯が少なかったことを印象付けるためにこうした設定にしたのでしょう。
そして、その騒動の中で、上杉景勝が三成に同調したことも描き、史実にもある石田三成襲撃事件を描く次回の第34回「挙兵』や、その後に家康の命による上杉討伐の動きへと繋げるためのエピソードとして描いたと思います。

それにしても後世においても好まれない武将の三成ですが、これ程までに孤立した立場を露骨に描かれてしまうと、少々行き過ぎの感があり、何だか三成が気の毒に思えた今回の放送でした。

以上ここまでは石田三成にかかわる徳川家康襲撃未遂事件について記しましたが、
これとは別に徳川家康暗殺疑惑事件というものが存在しました。
ひょっとすると三谷幸喜さんは、島左近が石田三成に進言した家康暗殺と、実際に事が露見した徳川家康暗殺疑惑事件を合わせた話として描いたのかもしれません。

     そこで、徳川家康暗殺疑惑事件については8月24日夜に改めて記したいと思います。

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島左近役の玉置孝匡(たまき たかまさ) さん

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