|
〜直虎:『おなごにこそあれ次郎法師』では、出家の苦難とおとわの成長を描き〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第4回放送『おなごにこそあれ次郎法師』では、おとわが出家することで井伊の本領安堵と自身が今川の人質となることを免れ、井伊谷に戻りますが、ドラマの冒頭、出家するということは、亀之丞の妻となる事も出来ない事を理解していなかったことを鶴丸に私的されます。
(一言:前回のページでご紹介したように、8〜9歳のおとわが、出家をするということは、俗世を捨てるということ、つまり男女が結ばれる事も許されないことを理解出来ないのも至極当然です。逆に言えば、9歳で出家したという説事態が疑わしくもなるのです。)
しかしその後、妻にならずとも、出家の身だからこそ亀之丞を助ける立場となるには好都合な面もあることを鶴丸に教わり、改めて出家を決意します。
決意はするのですが、いざ主家の身となって出家修行の過酷さを身を持って思い知るや、修行の苦難に耐えかねて寺より脱走し、井伊屋敷の台所で握り飯を頬張ります。
つまり育ち盛りのおとわにとって、空腹はなにより耐えがたき事だったのです。
(一言:誰しも年を重ねて大人になってしまえば、幼き頃の食に対する執着心がどれ程であったかを忘れてしまいます。ですが食品スパーなどにおいて、子供がお菓子などをねだり、母親がそれを拒絶すると、その場に泣きわめいて駄々をこねる姿を度々見かけます。そんな光景を見る時、「ああ自分も子供の頃はそうだったんだなあ。」と思い起こしたりしますよね。)
10歳に満たない幼女が、大人の修行僧と同様に苦行を行い、労働し、欲する量の食を我慢する日々は、今の現代人には考えられませんよね。特に飽食の日本人には。
恐らく、井伊家の一人娘であったおとわ姫もまた、現代日本人に近い感覚があったと思ってよいと思えます。
おとわの僧としての修行が続く中、井伊家では直平が獅子身中の虫である小野政直を親の仇とねらう武将を利用して政直暗殺を直盛に提案します。
しかし直盛はこれに賛同せず、政直を仇と狙う武将を退け政直を助けますが、「あの男は、我が心であったことが分からぬか?あくまでと言うならばもう容赦はせぬ。」と、刀を抜き、政直の野心に釘を刺し、亡き井伊直満の所領を我が物とすることは半分に諦めよと言い含めます。
これまで井伊家当主でありながら、政直の暴挙に見て見ぬふりをしていた弱腰の直盛が、このように政直に対して強い行動をとることが出来たのも、おとわの主家を不憫(ふびん)に思う心からでした。
一方おとわは、修行の中で空腹から逃れる術として、欲しいものがあれば托鉢(たくはつ)をすればよいと南渓和尚に教わり、闇雲に城下へ出て村人に対して托鉢を口実に食い物を求めます。
しかし村人はそんな次郎法師(おとわ)全く相手にせず、何一つ食物を得ることは叶いません。
そのため、空腹に耐えかねた次郎法師は、村人のすきを見て畑の作物(かぶ)を盗み食いしてしまいます。
いくら次郎法師が幼いとは言え、盗み食いなどという浅ましい姿を目撃した鶴丸は、次郎法師の不満を聞き、自身の次郎法師(おとわ)に対する恋心を押さえて「妻としてではなく、出家の立場から領主となった亀之丞を手助けする竜宮小僧となれば良い。」と教え、次郎法師も鶴丸の言葉に思いを新たにします。
次郎法師は、僧としての立場で竜宮小僧のように振る舞い、村人を手助けします。
するとそれまで全く次郎法師を相手にしなかった餅売りの男が、手助けの代償として売り物の餅を分け与えたのです。
高笑いをして「これは参った。」と言いながら。
托鉢と言えども、僧としての徳を己の行いで示さなければ何も得ることが出来ない事を次郎法師はこの時悟ったのです。
しかしそれから年月が流れるも亀之丞は井伊谷には戻らず、5年が経ち、次郎法師は幼女の姿から成長し、柴咲コウさん演じる次郎法師の姿になります。
5年後の次郎法師は、恐らく15歳前後ということになります。
私にはその姿が柴咲コウさんというのは少し飛躍が過ぎる気がし、ティーンエイジャーの女優をもう一人次郎法師として登場させても良かったのでは?とも思いますが、その時代のエピソードも多くは描けないことからすれば、一気に柴咲コウさんが登場するというのも仕方ないのかもしれませんね。
それにしても子役の新井美羽ちゃん演じる毬栗頭の次郎法師は、とっても可愛いかったですね。お疲れ様でした。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- ドラマ番組







